みなさま、こんにちは。来週末は「瀬戸内『し・ま・の・音楽祭』の録音(録画)」に出張するためメルマガはお休みいたします。この音楽祭は、毎年9月に、しまなみ海道・とびしま海道・ゆめしま海道を舞台に、“しま”で聴ける演奏会を実施し、広島県(呉市・尾道市)と愛媛県(今治市・上島町)の2つの県と4つの市町の境を越えて、音楽で地域をつなぐために開催されます。今年は、9月16(水)~27(日)の日程で開催されますが、私は9月20日に「吉海学習交流館(愛媛県今治市大島)」で開催されるオーケストラの録音と録画を担当しています。このコンサート以外にも企画の趣旨に賛同するプロ奏者が、“しま”で奏でる小編成の演奏会!♪『し・ま・の・室内楽』やそれぞれの演奏会前のリハーサルも一般公開されてご覧いただけます。 詳しくは次のリンクからご覧下さい。 瀬戸内『し・ま・の・音楽祭』https://setouchi-fest.com/ 私がこのコンサートに協賛・参加する理由はオーディオと音楽の関係をより深く学ぶためです。今回のメルマガには、このコンサートに向けて書いた広告文章を掲載いたします。 ■オーディの力、音楽の力みなさまこんにちは。逸品館代表の清原裕介です。少し難しいことを書きますが、みなさまはどうぞリラックスしてコンサートをお楽しみください。 ■音楽の起源ご来場の皆様なら良いコンサート、良い音に触れる「喜び」をご存じだと思います。音楽は私たちに豊かな感情を伝え共有するために存在します。ライブは「リアルタイム」でそれを可能とし、オーディオは「時空を超えて」それを広げられます。生演奏やオーディオにより感動が伝わることで、私たちは孤独ではなく豊かな感情に包まれていることに気づきます。様々な感情と触れ合うことでより多くの感情や感動を共有できるようになり、私たちの毎日はより豊かなものになります。音楽の起源とは、そこにあるのだと私は考えています。 ■言葉だけでは伝わらない最近、メールやLINEなどのコミュニケーションが多くなりました。けれど気持ちが上手く伝わらず、誤解されてしまったという経験をお持ちではありませんか?手紙なら筆運びなどからある程度気持ちが伝わることもありますが、言葉を単なる記号(文字)に置き換えただけのメールには、「言葉から伝わるニュアンス(声色の変化、アクセントやイントネーション)」が不足しているため「思いとは違う意味で伝わってしまう」からではないでしょうか? ■言葉にできないことを伝える音楽言葉を持つ前は、人間も動物たちと同じように鳴き声によってコミュニケーションを行っていました。それは今も、言葉の「声の高さや強弱の変化(イントネーション)」あるいは「声色(トーン)の違い」として残されています。例えば、「雨」と「飴」/「橋」と「箸」/「川」と「皮」などの「文字」は、「アメ」・「ハシ」・「カワ」などと「表音文字/カタカナ」で表記すれば意味が通じませんが、それは「個々の文字の発音」に「アクセント」や「イントネーション」という「音の変化(高低や強さ)や流れ」が加わってはじめて意味が通じるからです。棒読みのアナウンスがつまらないのは「動き」がないからです。演奏も楽譜に記録された音符に正しいイントネーション(抑揚・色彩感の変化)や適度の間合い(リズムの揺らぎ・音の溜め)が加わって、生き生きと輝き始めます。演奏者は、楽譜に書かれていない、楽音の「アクセントやイントネーション」、あるいは抽象的にしか記述されていない「リズム」や「テンポ」などを「経験とイマジネーションを最大に働かせて」模索し、表現しなければなりません。言い換えるなら、演奏者自身の「楽譜の解釈」こそ、音楽の最も大切な部分、いわば「命」なのだと思います。ミスタッチがないだけでは足りないのです。逸品館が考える「良いオーディオ」は、そのような演奏が持つ「命の躍動」を正しく伝えられる製品と定義します。 ■五線譜の利便性と限界私たちは言葉を保存し伝える方法として「文字」を、演奏を保存し伝えるために「楽譜(五線譜)」を発明しました。楽譜が発明されるまでは、人から人へ直接伝えるしか方法がなかった演奏が楽譜の発明により広く伝わるようになりました。私達は学校で、音楽の3要素を「リズム」・「メロディー」・「ハーモニー」だと習いますが、それは五線譜を主として考える西洋を中心として広まった考え方で、様々な民族音楽にまで視野を広げると、異なる要素によってなり立つ音楽があることに気づきます。例えば、日本の能楽で使う鼓の即興演奏について考えてみましょう。そこには西洋音楽で言う「メロディー」も「ハーモニー」なく、リズムも西洋音楽のそれとは全く違いますが、その演奏により私達は深い感動に包まれます。それは音楽が「音の運動」と「音色の変化」の2要素によって構成され、「リズム」・「メロディー」・「ハーモニー」もこの基本となる「音の運動」と「音色の変化」の2要素から成り立っているからだと考えられます。楽譜を演奏するとき演奏者はそこに記録されていない「音としての変化」を自ら想像し考えて演奏することになります。この解釈の違いが演奏にバリエーションを生み出します。 ■記録と芸術の違い録音録画技術は「完全な記録と再現」を目指して進歩を続けています。しかし、どれほど技術が進歩したとしてもすべてを記録することは不可能です。写真と絵画は違うと考えられていますが、絵画に「描き切れないもの」があると共に写真にも「撮りきれないもの」があります。結局私たちに残された「記録」とは、人間(あるいは機械)によって取捨選択された「結果」でしかありません。逆に意図した取捨選択は「記録の深み」を増すことがあります。私は人間によって行われる意図的な取捨選択が「芸術」の定義であり、記録が現実を超えられる可能性を持つと考えます。 ■ライブ・コンサートとオーディオの違いライブ・コンサートで私たちは「五感」を通じて感動を受け取っています。コンサートホールの飾り付けも、ステージに上がる演者が「纏う服」も、すべてはコンサートを盛り上げるためです。そういう演出も含めて、会場に集まった人たちとあらゆる感覚で繋がり、感動を共有するのがライブです。それに対してオーディオでは、「音」しかありません。視覚情報も共感する人たちもいません。音だけを頼りに、演者と感情を共有しなければなりません。実際の演奏から「マイクで音を切り取る」それが録音ですが、その時に生じる「取捨選択」が演奏に新たな命を与え、時として名演奏を超える名録音を生み出すことがあります。また録音は何度でも聴き直すことができるので、名書がそれを読むときの経験値によりその深みを変えるように「繰り返し聞く」ことで演奏も深みが変化します。私がオーディオを単なる「記録」ではなく、演奏とは違う側面を持つ「芸術」と考える理由はここにありますが、それを正しく行うためには「録音と再生のすべて」を可能な限り多く知る必要があります。私は瀬戸内『し・ま・の・音楽祭』の録音(録画)を担当・経験をすることで、「音楽と録音とその再演奏(オーディオ)」についての知識を学んでいます。 ■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━…[NEW]QUAD... 続きを読む
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