試聴結果今世紀後半に生まれたデジタルオーディオ技術は、アナログとは異なる「優れた電気特性(周波数・位相特性)」を持つため、録音機材や方法はもちろんのこと、増幅機器であるアンプや、変換機器であるスピーカー等に大きな見直しを迫っています。そのような中で、最近「B&W・ノーチラス」や「PMC」に見られるような「特性重視」のスピーカーが主流となってきました。
また、おもしろいのはこういった動きとは全く逆に「アナログレコード」や「真空管アンプ」も同時にクローズアップされていることです。しかし、「特性を重視して設計されたスピーカー」は、やはり「特性を重視して作られたアンプ」で駆動するのが基本だと思うのです。
では、これらの「特性重視型スピーカー」には、以前のスピーカーと比較してどのような特徴があるかといえば、「アンプに駆動力・制動力を要求する」ということが挙げられるでしょう。
この「駆動力・制動力」=「最大出力」と考えられがちです。しかし、あえてこの図式は必ずしも正しくないと前置きした上で、「現在世界最高の出力」を持つ「PASSラボ」のアンプのテストリポートを掲載したいと思います。
PASSラボとは?
「ステイシス回路」と聞いて、「ピン」と来る人はかなりのマニアです。さらに、「ネルソン・パス」の名を思い浮かべることが出来るなら、あなたは相当な通ですね。
スレッショルドというアンプメーカーをご存じでしょうか? ネルソン・パスはトランジスターアンプの最終段にフィードバック回路を設けることによる入力部への悪影響を排除するために、「スピーカーの逆起電力がフィードバック回路に悪影響を与えない回路方式」を考案し「ステイシス回路」と銘打って特許を取得した、トランジスターアンプ設計の鬼才です。彼のデビュー作である「スレッショルド・ステイシス1」や「ステイシス2」、また後期の作品である「SA3.9e」や「SA4e」等は、現在でも十分に通用する名器です。そのネルソン・パスが、更に自分自身のアンプ作りに没頭し最高のアンプを完成させるため興したのが「PASS laboratories」なのです。
Xシリーズの特徴
「PASS laboratories」を興したネルソン・パスは、最初に純A級アンプである「Alephシリーズ」を発表しましたが、更なる高性能、高出力を求めて完成させたのが、今回試聴に供する「Xシリーズ」です。
このアンプの特徴は、「スーパー・シンメトリー回路」と名付けられた、「たった2段の完全対称増幅回路」を採用していることです。この回路は「解像度の劣化=音の純度劣化」を低減するために「増幅回路の段数を低減し、部品点数を減らす」ことを目的として考案されています。しかし、「段数を減らす」ということは「回路の安定度を低下させる」・「周波数特性を劣化させる」・「回路の安定度を損なう」などの弊害を伴う場合が多く、通常は「3段以上」の増幅回路を採用するのですが、ここでネルソン・パスは、「回路設計の鬼才」を遺憾なく発揮し、合計8件もの米国特許を取得してこの「スーパー・シンメトリー回路」を完成させたのです。
Xシリーズのスペック
X1000 | X600 | X350 | |
ゲイン(dB) | 30 | 30 | 26 |
周波数特性 | DC-60KHz | DC-100KHz | DC-100KHz |
出力 | 1000W | 600W | 350W+350W |
歪み率 | 0.001% | 0.001% | 0.001% |
最大出力電圧 | ±145V | ±105V | ±80V |
最大出力電流 | ±30A | ±25A | ±20A |
入力インピーダンス(バランス) | 22KΩ | 22KΩ | 22KΩ |
ダンピングファクター | 60 | 60 | 30 |
スルーレート | ±40V/μS | ±50V/μS | ±50V/μS |
出力ノイズ | 500μV | 500μV | 500μV |
ランダムノイズフロアー | 約2μV | 約2μV | 約2μV |
ダイナミックレンジ | 155dB | 153dB | 150dB |
バランスCMRR | -85dB | -85dB | -85dB |
DCオフセット | <100mV | <100mV | <100mV |
消費電力(アイドリング/最大) | 600W/2400W | 600W/1800W | 600W/1800W |
消費電力(アイドリング実測値) | – | 400W | 400W |
外形寸法(W×H×D)mm | 483×267×711 | 483×267×559 | 483×267×559 |
梱包重量/本体重量 | 113Kg/90Kg | 67.8Kg/60Kg | 67.8Kg/60Kg |
1998年12月21日現在のXシリーズの標準価格
- X1000 ¥4,000,000(ペア)
- X600 ¥2,500,000(ペア)
- X350 ¥1,500,000(ペア)
- X2 ¥380,000(ラインプリアンプ)
Xシリーズの画像
X600正面 | X350イルミネーション |
X600上面 | X600背面 |
X600設置 | X2(ラインプリアンプ) |
試聴に用いた機器
- スピーカー TANNOY / キングダム15
ATC / SCM-100SL - プリアンプ LUXMAN / C10
- CDトランスポート CEC / TL-1X
- D/Aコンバーター リッケンサウンド / RKD-1 (2倍オーバーサンプリング・マルチビット)
試聴結果
試聴はまず、X350から行いました。プリアンプのX2は事前の試聴結果でやはりこのクラスのパワーアンプを駆動するには音質的に十分でないと判断し、今回はLUXMANのC10をプリアンプとして使用しています。
ATC/SCM-100SLとの組み合わせでは、「音の精細度」が非常に高く、低域も十分に伸びておりかつ、引き締まっていることが感じられました。次に、スピーカーをキングダムに変えてみましたが、同様の印象です。ただ、音の色? 色彩感が薄く感じられたのでそのまま、ならしながらヒートアップした後、もう一度じっくり聴くことにしました。
6時間ほど鳴らし込んだ後の印象ですが、一番強く感じるのが「楽器の位置、つまり奥行きや上下などの定位に関する情報が多い」ということです。聴感上のS/N感も非常に高く「リスニングルームが非常に静かな環境」にあれば、想像もできないほど細かな音まで聞こえると思います。
しかし、音は十分に聞こえるのですが、私には音楽がおもしろくありません。「色気」が何か足りないのです。何種類かのソフトをかけてみましたが、印象はやはり「無機的」な感じが残ります。そこで、スピーカーをキングダムに変更しました。
X350でキングダムを鳴らすと、キングダムから非常に近代的な印象の音がでます。キングダムが「アメリカ製」になったようだと申し上げればご理解頂きやすいかと思います。
やはり満足できないので、アンプをLUXMAN/B-10に変更しました。やっぱり、B10に変えると「色気」が出てきます。解像度(音の細かさ)は、同等かX350がやや有利ですし、静かさ(S/N感)はX350がB10を上回るでしょう。しかし、X350は私が最も欲している「音楽の躍動感」がやや薄いのです。OFFな感じ? とでも申し上げましょうか?
翌日は、アンプをX600に変えて試聴を行いました。一聴してわかるのは、X350にも増して「解像度」・「精緻さ」・「低域の解像度としまり」に磨きが掛かっていることです。普通アンプのパワーが大きくなれば、「音が大雑把になりがち」なのですが、X350/X600/B10ともそのような傾向は見られませんでした。特に、X600に関しては、X350よりも部品点数が多いにも関わらず「音の純度」が上がっていることはやはり、ネルソン・パスの才能を感じずにはいられません。
X350では不満であった「色気」に関する部分でも、X600はX350を上回ります。しかし、B10との比較ではやはりまだ色彩が薄いように感じます。確かにB10がこってりしているという見方もできますので、一概にそれをX600の欠点であるとは申し上げられません。
他のアメリカ製アンプとの印象の違いは、X350/X600の「物理特性の優秀さ」、音で表現すれば、「定位・Fレンジ・奥行き・低域の駆動制動力・S/N感」でXシリーズが遙かに優秀であると思います。
組み合わせるスピーカーには、冒頭で挙げた「B&W・ノーチラス」シリーズや「PMC」等を考えつきますが、これらのモニター系のスピーカーは「色づけが少なく」よけいな色を音に付けませんので、Xシリーズと組み合わせたときに「色彩感・躍動感」が薄くなり、「音質的には申し分ないけれど、何か音楽にわくわくしない」というようにお感じになるかも知れません。もし、CDプレーヤーに「WADIA」や「1Bit系のビクター」等をお使いになるのであれば、更にその傾向が増長されるでしょう。
Xシリーズは、「超現代的なスーパーアンプ」ですが、ある種「デジタル的」な素っ気なさをお感じになるかも知れません。「音は凄い」ですし、「オーディオ的にはすさまじい製品」であると思います。パラレル駆動すれば最大64KW(間違いではありません)を出力できるのです。
でも、何か「聴くことによって心が安らぎ、ほっとするのが音楽の本質と考えるなら」、ベクトルが少し違う世界の製品に感じられました。もちろん、この傾向はパス・ラボの製品のみならず、「最新のアメリカ製オーディオ機器全般」に感じられる傾向です。対して、「ヨーロッパの製品」は、オーディオ的には見るべきものがなくとも、「聴いて心が安らげる製品」が多いように思います。
これは、「アメリカ人が求める音楽」と「ヨーロッパ人が求める音楽」の違いによるところも大きいと思います。あなたは「アメリカ・スタイル」? それとも「ヨーロッパ・スタイル」? のどちらをお求めでしょうか?
もし、お聴きになるソフトが「アメリカレーベル」のPOPSなどが中心であれば、このアンプが最良の選択になると思います。しかし、もし「フィリップス」や「アルヒーフ」などのレーベルでクラシックを中心にお聴きでいらっしゃるなら、一度、ご自分の趣向にそうかを御確認なさることをおすすめいたします。
XシリーズをCDにたとえるなら、ビクターが発売しているXRCDや、シェフィールド、オーパス、などの現代的な録音にマッチする音質だと申し上げればご理解いただきやすいのではなかろうかと思います。
1999年2月22日
番外編
Xシリーズ、生産を完了してゆくモデル(今なら間に合います)となりますが、「Aleph 4」を3号館で聴く機会があったので、ご報告させていただきましーズの試聴を完了した後ょう。
Aleph 4 : ステレオ Aクラス 100W(8Ω) / 200W(4Ω) 発売時定価¥900,000
正面 | 背面端子パネル |
ロゴマーク |
Xシリーズと一聴して感じる違いは、「低域のドライバビリティー」です。非常に硬質で引き締まり、揺るぎなくローエンドまで伸びていることを主張する「Xシリーズ」に比較して、「Aleph 4」は、柔らかく穏やかな低域表現です。決して量的に不足するとか、低域がぼやけけてしまうということはありません。ウッドベースで比較するなら「Xシリーズ」は、「ソリッドボディー」を感じさせる音質、対して「Aleph」は、「胴なりの豊かさ」を感じさせてくれるでしょう。
中域の密度感は、ソリッドな「X」、ウォームで自然な「Aleph」という感じです。音楽表現も、全体的に「クール」で「ガラス細工」のような表現をする「X」に対して、中域が弾力的な躍動感を持ち「熱い」感じがするのが「Aleph 4」です。
この音作りの違いは、アメリカでのハイエンド・オーディオの主たる用途である、「ホーム・シアター」ユースを考えれば、納得できます。「ドカーン!」という一発の音は「X」に部があります。しかし「ハーモニーや響きの美しさ」では、絶対に「Aleph 4」です。
あなたが、「音楽を心地よく、静かな楽しみ」となさるなら、「Aleph 4」は、すばらしいパートナーになると思います。「LUXMAN B10」との比較ではやや「レンジ感が小振りになる」ことをのぞけば「音楽のコク、自然さ」では、勝るとも劣りません。しかし、価格は40%も安いのですから。