TRIODEの真空管アンプTRV-35SEの改良モデルに取り組んでいます。真空管アンプは、パーツの数が少なくちょっとしたことでがらりと音が変わってしまいます。それが楽しくもあり、難しくもあります。TRIODEの真空管アンプは、初期の製品こそ少々安かろう悪かろう的なところもありましたが、最近のモデルは本当に良くできています。特に真空管アンプの心臓部である、アウトプットトランスの出来が良く、チューンナップのやりがいがあります。
現時点での音は、トランジスターアンプを越えるほどのハイスピード感とリジッドな低域、真空管ならではの透明感と広がり感を両立させた音ですが、ベースモデルと比べると中音の膨らみが少なく、良い意味でも悪い意味でも真空管らしくない音になっています。とはいえ、これはこれで素晴らしい音なのでこのまま行くか?あるいは、もう少し真空管らしい音にするか?悩んでいます。とりあえず、量産するにはパーツの手配に時間がかかるので、先にTRV-88SEの改良に取り組んで88SEが真空管らしい音になれば、35SEは、このままでも良いかと考えています。音を作りながらいろいろと考えを馳せるのは楽しいものです。お客様と同じ気持ちになれる一時です。
私がAIRBOW製品の音を決めているときに、最も大切に考えているのは「絶対スケールではなく相対スケールの正確さ」です。特にトランジスターアンプに比べると物理特性に劣る真空管アンプでは「相対スケールの正確さ」が非常に重要になります。これが崩れてしまうと、ソフトを選び楽曲を選ぶ、ピンポイントでしか通用しないアンプになってしまうからです。
私の言う「絶対スケール」とは、生の音にどれだけ近いかという音の指標を示します。いわゆるデーター的な「物理特性」がどれだけ生音に近いかという判断を示します。この指標で作られている製品の代表選手は、日本製品であり中でも「デジタルアンプ」などは、最も正確な「絶対スケール」を持っているのかも知れません。
これに対して「相対スケール」とは、聞いた感じが生の音にどれだけ近いかという音の指標と考えています。例えば、低音の遅いアンプがあったとしましょう。その状態で高音を普通の速度感にすると、ハイ上がりで高音のキツい音になってしまいます。低音がそれ以上早くならないなら、高音もそれに合わせて遅らせるべきです。全体の速度感がマッチしてくると、人間にはその方が自然に聞こえるのです。これが、私の考える「相対スケールの正確さ」です。
「相対スケール」には、速度感だけではなく言葉では説明できないとても多くの因子があります。大幅にスケールがずれているときには、どの部分がどれくらいずれているのかおおよその見当がつきますが、全体的にスケールが整ってくると、どの部分が狂っているのか明確には把握できなくなります。それは、製品の音が完成に近づいたことなのですが、実はここから完成に至るのが一番大変なのです。最終的な判断は、ソフトを変えスピーカーを変え、他の製品と聞き比べ、あるいはそれだけを数日間ぶっ続けで聞く、というようなテストを繰り返し相対スケールに狂いがないかを確認します。
相対スケールがバチッと決まると!それは自然で、聴き疲れしない、そして膚になじむような音になります。そうなるとしめたもので、音が聞こえるよりも先に音楽が体の中に流れ込んでくるようになります。「相対スケール」が完全に決まった製品は、環境の影響を受けづらくどんなところでもその真価を発揮します。逸品館が求める音、お届けしたい音は、そんなイメージの音です。