StereoSound(ステレオサウンド) 164号「響きこそ 音楽そのものである」

響きこそ 音楽そのものである2004年末発行の本誌に「ハイエンドオーディオの終焉」という衝撃的なタイトルで高級オーディオの現状を憂う広告を掲載してから3年が経過しました。その間ハイエンドオーディオ製品(スピーカーを除く)を取り巻く環境は、一部の例外を除いて大きな変化は見られません。しかし、菅野沖彦氏の著書「新レコード演奏家論」を読み「AMPZILLA 2000」や「Unison Research SINFONIA」などの音楽性豊かなアンプを聞いたことで、音作りに対する私の考え方は、確実に進歩を遂げ(本誌に掲載している2005年以降の逸品館の広告をご覧下さい)一つにまとまりつつあります。「響きこそ音楽そのものである」という考え方です。
音楽は、音で心象を伝える芸術です。演奏者は、自分の心情にあった「音」を選び、聴衆はその「音」を聞いて演奏者の意図を受け取ります。「音」が複雑であればあるほど、伝わる情報は多くなり、音楽は豪華さや深みを増します。「音」を生み出すのが楽器です。楽器には響きを増やし、それを複雑化するための「共鳴部」が存在します。例えばグランドピアノの低弦は、1本でなく太さや構造の異なる3本の弦で構成されています。これは、一本の弦では音量が小さいという理由だけではなく、複数の弦を使わないとグランドピアノらしい重厚な響きを伴う楽音が生み出せないからでもあります。鍵盤を押せば弾かれた弦だけではなく他の弦にも響きが伝わり、瞬時にピアノ全体が美しく共鳴します。この「共鳴」がきちんとコントロールされた時にピアノは、初めて「美しい響き」を生み出せるのです。楽器が奏でる、複雑で美しい響き。それが音楽の正体です。深みのある音楽は、調和した複雑な響きの集まりなのです。
楽器から「響き」を取り去るとどうなるでしょう?音は単純になり、安物の電子音のように深みも広がりもないつまらない音になってしまいます。それは、楽器だけではなくオーディオもまったく同じです。しかし、多くのオーディオメーカー、オーディオアクセサリーメーカーは、元々無かった響きはすべて「歪み」だから、それらは可能な限り取り去るのが正しいと考えているようです。特にデジタルがオーディオの主流になってからは、「歪み=悪い」という短絡した考え方によってオーディオシステムから「響き」が徹底的に取り除かれています。その結果、最新のハイエンドオーディオ製品から再生される音楽は「複雑さ」、「深み」、「生気」を失い、純粋だけれど心を打たない「つまらないもの」になってしまったのではないでしょうか?
この考えを裏付ける一例としてレコードプレーヤーに注目しましょう。レコードは「ステレオ(2ch)」で録音されていますが、音が刻まれる溝は一本です。カートリッジは、溝の左右に刻まれた信号を一つの針で拾い、そこから2chを取り出します。この分離過程は、CDに比べると実に不完全なものです。左右の溝の信号を一つの針で取り出すため、右chの音が左chに混じり、左chの音は右chに混じることが避けられません。そのためレコードをステレオで再現すると、僅かですが右スピーカーから左chの音が、左からは右chの音が漏れ出ます。実際には録音されていない音がスピーカーから出るのです。理論的に見るなら、この左右の信号が混ざってしまう「クロストークの発生」は信号を損ねる「歪み」でしかありません。「歪み」成分のクロストークは、徹底的に排除し「チャンネルセパレーションを可能な限り向上させる」というのが現代オーディオの音質向上の考え方です。果たしてそれは正しいのでしょうか?
私は、少し違う考え方を持っています。レコードプレーヤーによって生まれた「このクロストークという歪み」が音楽をより楽しく聞かせる方向に働いているという考えです。左chの音が右chから漏れると、音像定位は左から右側へ移動し中央の定位感が強くなります。2chの疑似サラウンドで仮想センタースピーカーを設定したのと同じような働きを「クロストーク」が担ってリスニングポジションでの「中央の定位」を強化するからです。さらに「クロストーク」は、左右スピーカーの横方向への音の広がりも大きくします。その結果、左右chを完全に分離して再生できるCDよりも、クロストークが発生するレコードの方が中央の定位の実在感が濃く(スピーカーの中央に実在感のあるボーカルや楽器が出現する)、さらに横方向の音場も大きくなり(立体的な音の広がりが実現する)、より理想に近い音楽再生が実現していたのではないでしょうか?オーディオ的には「歪み=音質を損なう」としか見なせなかった「クロストークの発生」が、実際には「プラスの方向」へと作用していたのです。未だにレコードがCDより音が良い、情緒的であると主張するオーディオマニアの意見は、間違いではなかったのです。
この「プラスになる響き(歪み)」は、レコードだけで発生するのではありません。スピーカーはもちろんのこと、真空管、トランジスターを問わずあらゆるアナログ回路で「プラスになる響き(歪み)」は、発生します。この「響き(歪み)」を消さず、味方にすることが大切です。過去にも説明しましたが「純粋なデジタル」の音が「歪みの多いアナログ」に敵わないのは、アナログシステムが「響き」によって再生される音楽をより「豊かなもの」へと変化(改善)させた結果なのです。楽器にとって「響き」が必要不可欠であるように、オーディオにとっても「響き」は、録音-再生で失われる「音楽の響き」を補い、あるいは元々の演奏よりも再生演奏をより深く感動的に聞かせるために必要欠かさざるべきものなのです。
「響き」こそ、音楽の「命」。「響き」を消し去れば伝えるべき心情(音楽的なニュアンス)も消えてしまうのは、当然です。再生時に発生する「響き(歪み)」を生かし、楽器を調律するようにオーディオ機器の全体の響きを整えることができれば、オーディオセットは生演奏と同等あるいはそれ以上の音楽を奏でられるでしょう。そうすることで、初めて「新レコード演奏家論」の「オーディオは生演奏を越えられる」という主張は現実となるのです。私は、この考えに基づいて「響き」を生かし、それを整える方向のアドバイスこそがお客様の装置から未知の力を引き出すための最も重要なポイントではないかと考えています。

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