StereoSound(ステレオサウンド) 166号「中低音の重要性」

私は、生の音とステレオの音で圧倒的に違うのが「高音の輝き?切れ味?」だと考えていました。それは、高音のノイズ(ファンの音や、TVのトランスのキーン音)に人よりも敏感だという私自身の耳の癖もあったかも知れませんし、下手であっても楽器を弾いていた(楽器の近くで音を聞いていた)経験のためであったかも知れません。とにかく私は、これまで「高音の美しさを求めることがステレオの音を良くする唯一の方法」と考え、高音の再現性の決め手として「アタックの切れ味の鋭さ(音の立ち上がりの早さ)」と「高音の透明感(音の立ち下がりの早さ)」の二つを重要視していました。高音(高周波)に対する過渡特性(変化の早さ)を向上させると、ステレオの音は生楽器の音に近づき、雰囲気や空気感など「音の実在感」が大きく向上すると考えたのです。この考えに基づいて私が開発しているAIRBOW製品には、他製品にない「高音の正確な再現性」を求めています。中でも「波動ツィーターCLTシリーズ」は、従来の方式ではスピーカーから再現できない「ハッキリした高音(芯のある高音)の再現性の改善」を狙って独自の製品として発売し大好評を博しています(詳しくは[波動ツィーター]で検索)。
様々な努力により高音の再現性が向上し、再生音が生音に近づくとまるでその場で生音を聞いているような感じが非常に強くなりますが、その反面困った現象が発生します。音が生音に近づけば近づくほど、録音現場の状況があからさまになりすぎ、ソフトを聞く時にまるで音楽と厳しく対峙するかのような高い緊張感を伴うようになったのです。「良い音を聞いた」という印象が強く残りますが、それに反比例して「演奏を楽しんだ」という記憶が薄くなるのです。音が先か?音楽が先か?演奏の現場、特に楽器の直近で演奏を聞くと同様に感じることが多々あるので、これはこれで「正しい音」であると思います。しかし、私たちはリラックスして音楽を聞きたいのですから、ミュージシャンのミスやミキシング(マスタリングのミス)、マイク配置のミス、そういったいわゆる「ソフトの粗(録音時に解決できなかった問題点)」は明確になり過ぎない方が良いはずです。
もう一つ、高音をありのまま再現するときに問題となるポイントがあります。それは「マイクの癖」です。ビデオカメラなどのプアなマイクで収録した音でも、再生時にあれ?と思うほど細かい音が入っていて驚くことがあります。オーディオ用のマイクはそれとは比較にならないほど、高感度です。マイクが捉えた高音の明瞭度や解像度(細やかさ)は、人間が聞くそれよりも遙かに高く、それをそのまま再現すると楽器に頭を突っ込んで聞いているような、部分的に拡大された変な音になってしまいます。マスタリング時にそうならないように音は加工され(音響プログラミングを施され)、トラックダウンされますが完全ではありません。もし、あなたが「音は良くなったけれど、聞けないソフトが増えた」「安心して音楽に集中できない」「聴き疲れする」という問題にお悩みなら「高音が良くなりすぎていないか?」に注目してください。
この問題の多い高音に対し、収録されている中低音はどうでしょう?新開発したEsoteric SA-10ベースのカスタマイズモデルAIRBOW SA10/Ultimateの開発では、このような考えに基づいて、従来のように高音の質を無理に上げようとせずに「中低音の充実」を徹底的に行いました。意識のポイントを「音を聞く」から「雰囲気を感じる」へ移動し、現場の音ではなく現場の雰囲気がそのまま伝わってくるか?を重要視するように変えたのです。それは、高音は耳にハッキリとその変化が聞き取れるのに対し、中低音の変化は聞き取れないからです。音は変わって聞こえないのに、「なんだか表現力がある」「雰囲気が濃く感じられる」と聞こえたら、それが中低音の改善だと考えてヒヤリングを行いました。その結果は、大正解でした。SA10/Ultimateで聞く音楽は、充実感に満ちています。ビックリするくらい生々しく、時として鳥肌が立つほどのハッとする音や表現を感じますが、それは今までのように音の良さにビックリさせられると言うよりは、心にずしんと響く感じです。演奏の現場に居合わせていると錯覚するほど、リアリティーが高く雰囲気が非常に濃いのですが、全く緊張感が伴いません。心が完全にリラックスした状態で音楽が流れ込んできます。ミュージシャンが普段着で音楽を心から楽しんでいるようにコンサートを特別なものではなく、非常にフレンドリーに親しみのある感じで聞くことができます。
また、あえて高音の「明瞭度(ハッキリ感)」を追求しなかったにもかかわらず、楽器の「高音感」が従来の製品よりもリアルに感じられるのも不思議です。例えば、シンバル。従来のモデルで聞くシンバルは、切れ味鋭く、シャンシャンと元気良く鳴るのですが、やや軽い感じがします。SA10/Ultimateでは、シンバルらしい重量感や厚みを伴った音でそれを聞くことができます。耳で判断すると、前者の方が「音」は、似ているのですが、後者の方がシンバルの「存在感」が強く感じられます。出てくる音が「それらしい感じが強い」のです。ベースやドラムは、中低音を充実させたのでパワフルで厚みがあります。高音の明瞭度がやや後退したにもかかわらず、中低音の充実によって演奏のエネルギー感やリアリティー感が向上するという、今まででは考えられない結果が得られたのです。楽器の「音色」やボーカルの「艶」も再現性が大幅に向上し、どんなソフトをかけても生演奏を彷彿とさせながらも、かつ音楽の雰囲気も十分に伝わってくる音質が実現しました。
しかし、この大成功はイタリア製オーディオ(Ampzilla2000やUnison-research、Zingali 1.12)を聞いたことと、菅野沖彦氏の著作「新・レコード演奏家論」を読んだことにより触発されて実現したものです。それらを聞き、読んだことで、従来の枠を越えたより思いきった音作りを行うことでさらに音楽再現の魅力を引き出せるかもしれないと思わなければ、SA10/Ultimateの音は生まれなかったかも知れないのですから。


ステレオサウンド No.166―季刊 (166)


カテゴリー: StereoSound, 社長のうんちく タグ: , , パーマリンク