StereoSound(ステレオサウンド) 178号「ディスクorディスクレス」

CDにはレコードの潤いがないと言われます。しかし、今のCDの音には十分な潤いと温かさが感じられ、その上ノイズの少なさディスク保管の簡便さを考えると、私はレコードには戻れません。それでも手元には選りすぐったレコードがまだ500枚ほど残っていますが、それは過ぎ去ったものへのノスタルジーです。オーディオファイルの音源がレコードからCDに変わって随分立ちますが、そろそろCDも消え去る運命にあるようです。
デジタルによって情報の保管が驚くほどコンパクトになり、情報の伝達が驚くほど容易になった結果、音源がメモリーやダウンロードに変わるからです。この変化が従来のメディアの変遷と違っているのは、音源メディアが「ディスク」から「ディスクレス」に変わる所です。デジタルデーターだけを見ると、その保管場所がディスクからメモリーに変わるのは全く重要ではありません。しかし、ディスクがなくなることは音質へ大きな影響を与えます。
CDが発売された当初、レコードが持っていた潤いや豊かな広がり感、温かさが失われたのは、音源ではなく再生系にあると私は考えています。レコードプレーヤーは、レコードの溝に記録された音楽をスタイラス(針)で読み取ります。このときスタイラスの共振による、不可避の「歪み」が発生します。この「歪み」がレコードの味となっていたのです。例えば左右の信号が混じりあうクロストークは、スピーカー中央部の音場に深みと厚みを与えますが、この音場拡大効果は2chでサラウンド再生を行うときセンタースピーカーの信号を左右のスピーカーに割り振って(意図的なクロストーク)中央の定位感を改善する方法と合致します。レコードプレーヤーでは、クロストーク以外にも「カンチレバーの共振による間接音(エコー成分)の増加」など、再生時に発生する歪みが音を良くする方向に働いていると考えられます。逆に見れば、再生がCDプレーヤーに変わって「歪み」が取り除かれたことで、アナログらしい潤い(歪み)が失われてしまったと考えられるのです(現在のCDはマスタリングや再生技術の工夫により、レコードに劣らない再生芸術の高みへと上り詰めています)。
オーディオには原音忠実再生という考えがあります。再生系からすべての歪みを取り去れば、純粋に素晴らしい音が出せるという考えです。しかし、私はこの「歪みを減らせば音が良くなる」という考えには賛成できません。レコードとCDの違いで説明したように「音を良くする歪み」が存在するからです。適度な歪みの発生は、まるで潤滑油のように音に潤いと艶を与えます。
では、デジタルオーディオでは「歪み」は発生しないのでしょうか?最近ガラスCDが発売され、本誌でも大々的に紹介されました。このガラスCDを実際に聴いてみると普通のCDよりも透明感が非常に高く、その差はすぐ分かります。ディスクの材質が音質に影響を与えるのは、CDプレーヤーでも「アナログ的歪み」が発生しているためです。音源がディスクからメモリーになると、CDプレーヤーで発生していた「アナログ的歪み」が無くなり、再び音楽はアナログ的な潤いや艶を失います。さらにPCから発生する多大な高周波ノイズは、音を汚します。CDでは表示パネルからノイズが発生するからという理由で「表示を消すスイッチ」が搭載されているにもかかわらず、遙かに大きいノイズを発生するPCでノイズがあまり問題とされていないのが不思議です。
これらの事実を前にすると、私は「軽薄短小」へ向かうオーディオ技術の進歩を素直に受け入れることができません。デジタル技術の急速な進歩でアナログ技術は軽視されています。筐体の剛性や重さ、抵抗や配線の音質、アースの取り方による音質の違い、そういう水面下で続けられてきた努力が華やかなデジタルの数字競争の前に切り捨てられようとしているのです。オーディオに必要なものは「文化(ノウハウ)の継承」です。レコード時代から連綿と続けられてきた、先人たちの努力を抜きにしてオーディオから芸術的な音を出すことはできません。創立25年を超える逸品館なら、今まで培ってきた豊富なノウハウでお客様のシステムの音質改善にどこよりも的確なアドバイスを差し上げられます。

カテゴリー: StereoSound, 社長のうんちく タグ: , , パーマリンク