逸品館の代表という顔を知る皆さまには意外かも知れませんが、私の趣味歴は「オーディオ」よりも「PC」が長く、NECが「TK-80」という組み立て式のPCを世の中に送り出したときからPCと付き合っています。
当時のPCは今よりももっと「アナログ的」で人間の工夫を必要としました。CPUは8bitでメモリーは、たった4キロバイト。今の「リモコン端末」に入っているPCよりも遙かに低レベルの装置でした。プログラムも16進数を必要とし、今のように「アルファベット」を使えるようになっていません。その後「TK-80BS」という、初期のBasicと呼ばれるプログラム言語が採用されたことで、アルファベットやカタカナでプログラムが書けるようになり、私もプログラムを書けるようになりました。
当時プログラムの記録装置には、「テープレコーダー」が使われていました。FAXのような「ピョロロ~~」という音でプログラムをテープレコーダーに「録音」していたのです。それがフロッピーディスクになり、HDDに進歩しました。OSはDOS-V、Windowsへと進化したが、その進化の度に「PCの動作原理(プログラムがPCの中でどのように2進数に変換されて動くか)」と「記録方式の実態(物理的にデーターがどのように記録されるか)」を学べたことが、現在のPC/ネットワーク・プレーヤーを理解することにとても役立っています。
そういう視点から、PC/ネットワーク・プレーヤーの情報を見ると、時としてPCでの音質変化をアナログ時代に経験したことを無理矢理当てはめて誤解し、それをまるで正しいことのように主張する人たちがいらっしゃるようで困ります。「アンプは重たい方が音が良い」みたいな、アナログ的な考え方をHDDに当てはめ、2.5インチよりも5インチの方が「大きく重いから良い」と結論づけるようなやりかたです。これは、あまりデジタル的に正しい主張とは思えません。
しかし、彼らの主張にも利はあります。なぜならば、データーが変わらなくても出力される音は「確実に変わる」からです。しかし、この事実は逆にアナログについての知識に精通していなければ理解しにくいため、PC世代の人たちには「データーが変わらなくても音が変わる」という主張は、オカルトめいて聞こえるようです。
ここで、「デジタル」と「アナログ」の違いを少し整理したいと思います。
私達が聞いている音は「空気の粗密波(空気の圧力変化)」ですが、このアナログ的な連続変化を、そのまま連続する電気信号に置き換え、「連続曲線で記録する」のがアナログ記録です。その曲線を点に分解し記録するのがデジタルです。アナログ方式による記録再生では「機器の性能」がその品質をダイレクトに左右します。つまり、高級な装置の音がよりよく聞こえます。しかし、デジタルでは「機器の性能」が出力する品質に影響しません。100円均一で買える電卓と、スーパーコンピューターがはじき出す答えは「同じ」これがデジタルの世界です。
出力される演算結果が「機器の性能に依存しない」ため、アナログよりもデジタルの音が正確で良いと言われますが、それはあくまでも「デジタル領域(机の上)」での話に限られます。実際のデジタルオーディオでは、アナログをデジタルに変換するサンプリング(A/D変換)とその復元(D/A変換)は「アナログ回路」が担っています。つまり、デジタル領域の演算結果は変わらなくても「アナログ回路の品質」が再生される音質にダイレクトに影響を与えるのです。結論を述べましょう。デジタル機器の音質は、「アナログ回路の善し悪し」が決め手です。メディアや評論家が主張するように、「フォーマットの品質」はデジタル機器の音質に決定的な影響を与えないのです。
それをさらに詳しく説明しましょう。CDを超えるハイビット・ハイサンプリングのデジタルデーターは、アナログをデジタルに置き換えるときの点の数が多い(細かくする)のは、ご存じだと思います。もし、すべてのデジタルオーディオ機器は搭載する「アナログ回路の品質が同一」ならば、これは正しく現実になります。しかし、例えデータファイルの品質が低くでも、アナログ回路の工夫次第で「粗い点」をより理想に近いアナログ曲線で結ぶ事が可能なら、CDをハイビット・ハイサンプリングやDSDを超える音質で再生する事が可能になります。つまり、アナログ回路がトンでもなく優秀であれば、データーのフォーマットが低くても良い音で音楽を聞けるのです。
その「トンでもなく優秀なアナログ回路」を搭載するのが、我々に馴染む深い「高級オーディオ製品」です。10年以上前の高級デジタル機器は、「デジタル回路が古い」と言う理由だけで敬遠されています。しかし現実は、ハイビット/ハイサンプリングを処理できる、安物の最新デジタル機器よりも、古いデジタル機器の方が「圧倒的に音が良い」のが現実です。なぜならば、「アナログ回路は50年近い間進歩していない」からです。ビンテッジのオーディオ製品が持てはやされるように、ビンテッジのデジタルオーディオ製品にも、同じ価格の最新型デジタル機器よりも音が良い製品が存在します。デジタルオーディオ機器は、PCではないのです。
このお話をデジタルの領域だけで考えると納得しにくいかも知れませんが、アナログ回路しか搭載しない「プリアンプ」や「パワーアンプ」であれほど大きな音質の変化が得られることを思い出されれば、何となく納得できると思います。古くても高価なデジタル機器の音が良いのは、「搭載されるアナログ回路が超優秀」だからなのです。
話は変わりますが、最近同年代の友人がiPhoneを買って、その音声入力システム「Siri」を自慢げにデモってくれました。スマホ、特にiPhoneを持っていてSiriの存在を知らない人は少数だと思いますが、Siriを本格的に活用している人はまだそれほど多くないと思います。
確かにSiriを使うため人前でスマホと話をするのは、抵抗があるかも知れません。しかし、Siriの認識能力の高さ、会話能力の高さを知れば「使いたい」と思うはずです。例えば、「お腹が減った」とSiriに話しかければ、Siriは直ちにWEBから最寄のレストランを10件以上検索します。表示される店の名前を言えば「ナビを開始します」と応え、GPS機能を駆使して店まで誘導してくれます。このやりとりが完全なリアルタイムで進行します。
また、渋滞にはまって「遅れる連絡メール」を出したいときには、Siriに○○にメールする。というと、メールの件名入力画面を開き「件名はどうしますか?」と尋ねます。「渋滞中」と言えば、件名を入力し「本文をどうぞ」と答えます。「渋滞しているので、待ち合わせに30分ほど遅れます」といえば、本文を入力し「送信しますか?」と聞いてきます。「送信」と言うと「メールを送信しました」と答えます。
Siriを使うとその認識能力の精度と速度に驚かされます。これだけ正確に言葉を認識してくれるなら、キーボードはいらないでしょう。驚かされるのはSiriだけではありません。「translator」という翻訳ソフトをiPhone(もしくはiPodタッチ)にインストールすれば、かなりの精度と速度で複雑な会話を同時通訳してくれることに驚くでしょう。SiriもtranslatorもWiFiが使えることが条件ですが、旅行程度なら現地の言葉をまったく知らなくても、ほとんど不自由しないと思います。
Siriと会話をしていると、translatorを使っていると、コンピューターが自我を持ち人間と対等の立場に立つという「SFに描かれた未来」が、実際にやってきそうな気がします。これほどのPCの能力の発達を目にすると、科学技術が人間に新しい能力を与え人を幸せにしてくれるのか、あるいは人を機械に依存させ想像力を奪ってしまうのか、未来がどうなるのか分からなくなります。
新しい技術と付き合い、それを生活に取り入れるときには、「どこからどこまでが自分の力で、どこからどこまでが機械の力」と言うことを明確に認識し、リスクとリターンを正しく理解すべきだと思います。機械は便利ですが、頼り切ってはいけません。自分を鍛えることを怠ると、いずれしっぺ返しを食らいます。
PCの能力は人間とは違います。恐ろしいほどの速度で演算が行える「スーパーコンピューター」を使う天気予報が「当たらない」のも同じ理由です。デジタルとアナログの関係もそれと似ています。机上では明確な答えが出せるデジタルも、実際にはアナログ回路で動いています。正確なデジタルと曖昧なアナログが共存するのがデジタルオーディオです。アナログ的な謎が多いから、オーディオは面白い。アナログ的な経験則を生かせるからこそ、オーディオは趣味として成立するのです。
何でもデジタルで割り切ろうとするのは無理があります。答えを急ぎすぎてはいけません。趣味とは、「無駄な時間を有意義に過ごすための知恵」。長い人生を楽しませてくれる、偉大な「暇つぶし」なのですから。