投稿者「逸品館代表 清原裕介」のアーカイブ

逸品館メルマガ046「最近どうも世の中おかしい?」

今日は朝からTHXを取得した大型液晶TVの展示会に行ってきました。ブルーレイディスク(ハイビジョン)で「ターミネーター」を見せられたのですが「がっかり!」でした。液晶の悪い癖であるハイライト部分の色飛びはあるし、肌色はペンキのよう。その後で見た 家庭用の同サイズの液晶TVと極端に大きな違いは感じませんでした。 高いお金を払ってTHXを取得していても大型液晶は、まだプロジェクターやプラズマTVには全然敵わないようです。同時に発表された一般向けの液晶TVにしてもここ3世代(2年くらい?)は、めざましいと感じるほどの大きな進歩を感じません。中でも65型フルスペック液晶の地上波映像は、見るに堪えない汚さでした。エッジががたがたで、ブロックノイズは盛大で、まるで画面一面にモザイクを掛けたよう。37型以下ではCRTやプラズマと対等以上に戦えるほど画質が向上した液晶TVですが、50インチを越えるとプラズマが画質では、俄然優位になるようです。 もっと驚いたのが、音の悪さです。これは最悪に近く、説明担当者がTVとセットで200万円(TVは約140万円なのでアンプと5.1chのセットで60万円くらいはするのでしょう)と言う紹介でしたが、残念ながら私の耳にはミニコンポ程度のひどい音にしか聞こえませんでした。メーカーの担当者は、自慢げに「これなら映画館にも負けない音でしょう!」と仰っていましたが、AIRBOWのセットなら、その半分の価格で、しかも「圧縮音声のドルビーデジタル(通常のDVD)」ですら、遙かに広帯域で明瞭度も高く、何よりも遙かに細かい音が出せるので、なんだか完全にしらけてしまいました。でも、このような発表会は今回で向いたメーカーだけではなく、ほぼすべての家電メーカーの音が同じレベルなので、業界全体の問題なのでしょう。まるで、味を知らない人が作った料理を無理矢理食べさせられている感じです。感動は言葉だけで、実際には胸を打たないTVの画質と音の酷さに早々に会場を後にしました。 所詮、電気屋が作る物は高価格でも家電製品の域を脱していないのでしょうか?世界一の車メーカー同様、高級感、プレミアム、という意味が分かっていないように思うのは私だけでしょうか?プレミアムを自認する高価なAV家電に価格ほどの価値があるのでしょうか?私は、一般向きの価格のこなれた製品の中から良い物を探す方が賢明だと思います。 話は変わって、現在鳴り物入りで登場しているブルーレイは、映像も音質もスペックこそ凄いですが、本当にメーカーが言うように素晴らしい製品なのでしょうか?私には決してそうは思えません。すくなくとも私は今の所、現状のDVDで十分満足しています。ブルーレイは綺麗ですが音は悪く(非圧縮にも関わらず、圧縮音声を越えていない。すくなくとも某家電メーカーのAVアンプとスピーカーでは劣悪)見るべきソフトが発売されていません。ソフトも高いです。だから、価値がないと思うのです。 なぜなら、通常のDVDは、スペックはそれより遙かに劣りますが「見るべきソフト」が沢山あり安く売られています。綺麗な映像で「ターミネーター」を見て楽しむよりも、画質が少し落ちてもDVDで「好きな映画」を沢山見て多く感動する方が、使ったお金に対してよほど納得できるでしょう。今朝、展示会に出かける前に7月8日に放送された「ウルルン滞在記、オランゴ島編」を見て、その「ピュアで素朴な人情味溢れる世界」に思いっきり感動した後だっただけに、スペックと技術名ばかりひけらかすような「展示会」への落胆が大きかったのかも知れませんが、最近のAV家電や携帯電話、PCなど最先端技術から生み出される製品は、そのほとんどが技術主導で人間不在を感じます。 技術的なギミックで人を驚かしても長続きしません。だから、デジタル家電系の製品は寿命が短くモデルチェンジが早いのです。感動がプライスレスなら、逆にプライスや数字で競争できる世界には感動は存在しないと言い切れるほど、中身のない製品ばかり乱発されます。それらは、見かけ便利なようですが、生活も心も豊かにはしてくれないでしょう。 大手家電メーカーでその「倫理観」に疑問を感じるのは、一社だけではありません。そして家電メーカーのみならず、最近の大企業の横暴さには目を覆いたくなるほどです。例えば、他のメーカーが成功していると見るや、そのコンセプトを真似て「安い値段の製品」をコマーシャルに載せて乱売する。家電だけではなく、車業界でも日常化しているこんな「マネマネごっこ」を見ていると気分が悪くなります。その上、平気で社員をリストラし、下請けをいじめ、中小企業を倒産させ、人に血を流させて切りつめたコストで安売りする。その結果、社員に対しても社会に対してもコストを投じている良心的なメーカーはどうなるのでしょう? 話は変わりますが、ゲーム機の“Wii”は売れて、“PS3“は、苦戦が報じられています。なぜでしょう?“Wii”の開発では、機械や技術はあくまでも「黒子」で主役は常に「人」という姿勢が伺えます。それは「ただの紙(トランプや花札)」を高いお金をもらって売ってきた「ゲームメーカー」らしい、非常に柔軟な発想です。、Wiiは、技術によって家族、友人の絆をゲームで結んで深めました。 対する“PS3”は、ゲーム機としてではなく「ブルーレイ」を立ち上げるため、戦略的に非常に高い技術とスペックが与えられました。結果、多くの人は「PS3=スペック=技術」ではなく、「Wii=使いやすさ=ソフト」を選んだのです。人に対して技術は何ができるか?技術によって人に何ができるか?それを考え抜いたコンセプトの“Wii”が圧勝したことを見て、日本の大手家電メーカーは猛省して欲しいと思います。あなた方の技術は「人を幸せ」にするためにあって「企業にさらなる利益」を誘導するためのものではないのです。人に尽くすのが大企業のあるべき姿であって、力任せに人から搾取するのが大企業の姿ではないはずです。 一部のいわゆる「勝ち組」といわれる層にしか利益を還元できないような企業が、どうして一流と呼べるのでしょう。偽装請負契約までして人件費を搾取し、社会保険をかけないで給料を搾取し、力任せのやりたい放題。働いている社員が幸せになれない、そんな社会道徳に掛けるようなメーカーが、人の心を打つ、感動させられる、すばらしい製品を作れる、売れるとは考えられません。メーカーが有名だから、値段が安いからと言う理由だけで製品を選ぶと失敗します。何事も「中身」、「心」が伴わないと、何も残りはしないと思うのです。 私が愚痴るまでもなく、最近世の中は明らかにおかしいです。それがどんどん加速しています。悪い方、力の論理で押し切れる方向へと。もし、お友達か誰かが「7月8日放送のウルルン滞在記」を録画していたら是非ご覧ください。人と人が繋がって、力を合わせて、生きてゆく。ただそれだけのことがどれだけ幸せなことであるか?今の都会に日本に世界に失われつつある一番「大切なもの」がそこには見られるはずなのです。 「ウルルン」をみて私は良く泣きます。年を取ると涙もろくなるのは、感情が抑えきれないからだと言いますが、それは言葉通りではありません。それは、年を取ることによって積まれた「素晴らしい経験」が「僅かな情報」からでも「大きな感動」を取り出させるからなのです。つまり若いときよりも豊かな「想像力」が身に付いたからなのです。 豊富な経験が「共感」となり、それが「大きな感動」を生み出すのです。決して年を取って感情が制御できなくなったから涙もろくなる訳ではないのです。年齢と共に稲穂が頭を垂れるように、生きてきた豊かさを実感できる人生を送りたいと思います。良い音楽と映像、そしてそれらが広げる共感の輪と共に。 ... 続きを読む

カテゴリー: メルマガ, 社長のうんちく | タグ: | コメントする

逸品館メルマガ045「「共振」から「共鳴」へ」

皆様こんにちは、ここ一ヶ月ほど、ダイレクトメールやホームページの更新に力を使いすぎたため、メルマガがお留守になり申し訳ございませんでした。今回は、「共振から共鳴へ」と題するコラムをお届けいたします。 「AMPZILLA 2000」を聞き「新レコード演奏家論」を読み、そして「Unison... 続きを読む

カテゴリー: メルマガ, 社長のうんちく | タグ: | コメントする

ホームシアターファイル 42号「ピュアオーディオの「音質」をサラウンドに!」

よくサラウンドだから、AVだから音はピュアオーディオに叶わないという言葉を耳にします。果たしてそれは本当でしょうか?現実的に商品を見るなら、それは統計的に正しいと思います。しかし、技術的な根拠はありません。メーカーが「所 … 続きを読む

カテゴリー: ホームシアターファイル, 社長のうんちく | タグ: , | コメントする

StereoSound(ステレオサウンド) 163号「続・新レコード演奏家論を読んで」

先号の本誌広告に書いたように、私は菅野沖彦氏「新レコード演奏家論」に大いなる共感を覚えました。書には「映画」と「舞台」を比べる人はいないと書かれていました。レコード(録音音楽)とは異なり、映画はそれ自体が評価され撮影現場 … 続きを読む

カテゴリー: StereoSound, 社長のうんちく | タグ: , , | コメントする

逸品館メルマガ044「逸品館の目差す音「相対スケールの正確な音」とは?」

TRIODEの真空管アンプTRV-35SEの改良モデルに取り組んでいます。真空管アンプは、パーツの数が少なくちょっとしたことでがらりと音が変わってしまいます。それが楽しくもあり、難しくもあります。TRIODEの真空管アンプは、初期の製品こそ少々安かろう悪かろう的なところもありましたが、最近のモデルは本当に良くできています。特に真空管アンプの心臓部である、アウトプットトランスの出来が良く、チューンナップのやりがいがあります。 現時点での音は、トランジスターアンプを越えるほどのハイスピード感とリジッドな低域、真空管ならではの透明感と広がり感を両立させた音ですが、ベースモデルと比べると中音の膨らみが少なく、良い意味でも悪い意味でも真空管らしくない音になっています。とはいえ、これはこれで素晴らしい音なのでこのまま行くか?あるいは、もう少し真空管らしい音にするか?悩んでいます。とりあえず、量産するにはパーツの手配に時間がかかるので、先にTRV-88SEの改良に取り組んで88SEが真空管らしい音になれば、35SEは、このままでも良いかと考えています。音を作りながらいろいろと考えを馳せるのは楽しいものです。お客様と同じ気持ちになれる一時です。 私がAIRBOW製品の音を決めているときに、最も大切に考えているのは「絶対スケールではなく相対スケールの正確さ」です。特にトランジスターアンプに比べると物理特性に劣る真空管アンプでは「相対スケールの正確さ」が非常に重要になります。これが崩れてしまうと、ソフトを選び楽曲を選ぶ、ピンポイントでしか通用しないアンプになってしまうからです。 私の言う「絶対スケール」とは、生の音にどれだけ近いかという音の指標を示します。いわゆるデーター的な「物理特性」がどれだけ生音に近いかという判断を示します。この指標で作られている製品の代表選手は、日本製品であり中でも「デジタルアンプ」などは、最も正確な「絶対スケール」を持っているのかも知れません。 これに対して「相対スケール」とは、聞いた感じが生の音にどれだけ近いかという音の指標と考えています。例えば、低音の遅いアンプがあったとしましょう。その状態で高音を普通の速度感にすると、ハイ上がりで高音のキツい音になってしまいます。低音がそれ以上早くならないなら、高音もそれに合わせて遅らせるべきです。全体の速度感がマッチしてくると、人間にはその方が自然に聞こえるのです。これが、私の考える「相対スケールの正確さ」です。 「相対スケール」には、速度感だけではなく言葉では説明できないとても多くの因子があります。大幅にスケールがずれているときには、どの部分がどれくらいずれているのかおおよその見当がつきますが、全体的にスケールが整ってくると、どの部分が狂っているのか明確には把握できなくなります。それは、製品の音が完成に近づいたことなのですが、実はここから完成に至るのが一番大変なのです。最終的な判断は、ソフトを変えスピーカーを変え、他の製品と聞き比べ、あるいはそれだけを数日間ぶっ続けで聞く、というようなテストを繰り返し相対スケールに狂いがないかを確認します。 相対スケールがバチッと決まると!それは自然で、聴き疲れしない、そして膚になじむような音になります。そうなるとしめたもので、音が聞こえるよりも先に音楽が体の中に流れ込んでくるようになります。「相対スケール」が完全に決まった製品は、環境の影響を受けづらくどんなところでもその真価を発揮します。逸品館が求める音、お届けしたい音は、そんなイメージの音です。 ... 続きを読む

カテゴリー: メルマガ, 社長のうんちく | タグ: | コメントする