長くAV製品を販売してきて感じるのは、「使いこなし」の大切さです。せっかく高価な機器を購入しても、使いこなしがでたらめでは宝の持ち腐れ。機器を存分に使いこなせれば、装置を購入した喜びもひとしおです。
では、まずスピーカーのセッティング方法と機器のセッティング方法から始めましょう。この最初のステップを確実におさえておかないと「その後のセッティングによる音の違い」をきちんと聞き取れなくなります。
「音」が変わるだけで満足なさるならそれで良いかも知れませんが、「良い音楽を聴く」ことは簡単なようで結構難しいものです。しかし、それを成し遂げたときの喜びは「音を変えていただけの時」より遙かに大きいのです。「音」から「音楽」を組み立てる、有意義で知的なパズルに、さあ挑戦しましょう!
1)説明書は良く読んで、頭の中で十分シミュレーションを行って下さい
オーディオ機器を買ってきたら、早く試したいとはやる気持ちをおさえて、まず説明書に十分目を通して下さい。当たり前のことですが、新しい機器の使い方のポイントを事前にしっかりイメージしておけば、無駄な作業をせずにスムースにセッティングを進めることができるのです。
2)スイッチを入れてすぐにいい音は出ない
オーディオ機器に使われている「電解コンデンサー」は真っ新の状態から約30-100時間通電される間に「電気的な改善(自己修復)」がなされ、性能が向上して行きます。そのため、新品のオーディオ機器は買ってから最低100時間程度は鳴らしてやらないと「本来の音質(性能)」を発揮できません。意外ですが中古のオーディオ機器も同じなのです。しばらく通電されなかった電解コンデンサーは再び通電されることで、自己修復がおこり性能が若干向上しますから、中古品でもしばらく鳴らさないと本調子になりません。
スピーカーはもっとエージングの影響を強く受けています。楽器と同じように「エンクロージャー」や「ユニット」の響きは鳴らせば鳴らすほど良くなって行きますから、音を良くするためには十分に鳴らし込むことが重要です。
また、鳴らし込まれたスピーカーでもしばらく使わないと鳴りが悪くなり、音がこもったり広がりが足りなくなったりするものです。そういうときには、数時間鳴らせば本調子を取り戻すはずです。特にタンノイやJBLなどの大型ユニットは、毎日使っていても鳴らし始めは音が鈍く、切れ味が良くなるまでに数十分かかることもまれではありません。
電線やタップなどのアクセサリーもオーディオ機器ほどではありませんが、エージングで音質が向上する場合が多いので、買ってすぐ失望したり、買い替えたりせずに最低でも数ヶ月は聞き込んでから、音質を判断して欲しいと思います。
3)エージングに特別な注意は不要
説明書に注意書きがない限り、ほとんどの機器はエージング中に特別な配慮は不要です。もし、エージングを早く進めたいとお考えの場合は、「波の音」や「川の流れる音」が収録されたディスクを演奏することをお薦めします。これらの「非倍音系のノイズ」からなる音源は、エージングを促進する効果の高いパルス成分が多く含まれており、周波数レンジも広く偏りがないためエージングに最適です。
また、市販されているエージング信号と比べて自然の音ならかけっぱなしにしておいてもうるさく感じない、安く手にはいる、など多くの利点があります。
これらのディスクをエージング時だけではなく、数週間に一度くらいかけると「ベールが剥がれたように音がスッキリ」しますので、システムの定期的なメンテナンスにもお薦めいたします。
お薦めのエージングソフトはこちら>>
4)オーディオ機器には寿命がある
中古品の話が出たので、ちょっと脇道にそれましょう。オーディオ機器は鳴らし込みで音は良くなりますが、ピークを過ぎれば当然「劣化」します。電気回路で一番先に劣化するのが先ほどの電解コンデンサーです。電解コンデンサーは、車や携帯電話のバッテリーと同じような仕組みで電気を蓄えたり放出したりしていますので、それらと同じように使用時間に応じて性能が低下し音が悪くなります。一番高性能な電解コンデンサーでも、10000時間を経過すれば音質への悪影響は避けられないでしょう。
また、コンデンサーの劣化は「温度の高さ」と比例関係にあり、筐体が熱くなるA級アンプなどでは、コンデンサーの劣化が3~5倍の早さで進みます。単純計算で一日に平均2時間通電したとして、最高で5000日、最短だと1000日程度で音質の劣化が始まります。しかし、通電すると痛むからといって、スイッチをこまめに切るのは電源のON時にコンデンサーが痛みやすく、かえって寿命を縮めることがあり要注意です。特に、アンティーク系のオーディオ機器は、そのほとんどのパーツがいつ壊れてもおかしくない状態になっており、頻繁に電源を入り切りするショックが故障の原因になり危険です。
また、年数を経た機械はそれなりに音質が劣化しているにもかかわらず、音が良いからという理由で高額に取り引きされるのは不思議なことです。事実、これまでに逸品館へ売却目的に持ち込まれたアンティークオーディオ機器の多くは、修理時に部品がオリジナルと違うものに交換されていたり、寿命に達したパーツがそのまま使用されていたり、様々な原因でオリジナルとまったく別物の音質になっているにもかかわらず、オリジナルだというふれこみで購入なさっている場合が多いので十分注意して欲しいと思います。冷静に考えれば、こんなに多くの程度の良い「オリジナル」が店頭に並ぶこと自体すごくおかしいのです。本当の「良品」を手放す人はいないはずです。私達がアンティークオーディオをあまり積極的に扱わないのは、このような理由から「良品」がほとんど流通していないためなのです。
コンデンサーと共に著しく劣化するのがウレタンやゴムなどのスピーカーエッジです。良く知られているように「JBLなどに使われている灰色のウレタンエッジ」は、直射日光などがあたる劣悪な環境では最短1年未満で、乾燥した室内などの最も恵まれた環境でも最長10年以内で、まず間違いなく弾力が失われ、最悪の場合は破れて使用不能に陥ります。
ウレタンエッジを寿命の長い「鹿皮」などに張り替えるのは、「張り替え後の音質がオリジナルと大きく変わってしまう」ということを知っておいてください。欧州系のスピーカーがよく使っている「黒いゴムエッジ」も、だいたい3年くらいで劣化を始め、5年から10年程度経過したユニットを取り替えると音質は見違えるように良くなることが多く、ゴムの表面が硬くなっていたり、細かいひび割れがある場合には、エッジが交換時期に達していると考えて間違いないでしょう。
5)セッティングはまずスピーカーから
さて、セッティングに話を戻しましょう。オーディオ製品の中で一番音に大きな影響を与えるのはスピーカーです。そのため、まず最初にスピーカーのセッティングを決める必要があります。
改善前 | 改善後 |
多くのユーザーは「改善前」の状態で音楽を聴いています。スピーカーをこのように設置していると音場は「斜線」のように、リスナーとスピーカーの左右の間に小さく広がるにとどまります。しかし、スピーカーを少し前に出して部屋の壁に対して斜めになるように設置し(D-D線をD’に移動、リスナーはGからG’に移動)スピーカーにうんと近づいて聞くようにすれば、音場は「改善後の斜線」のように前後左右に大きく広がります。
6)ルームチューンの重要性
静かな図書館で大きな声を出せば飛び上がるほど驚きます。でも、駅のホームの喧噪の中の大声ではまったく驚きません。それは、私達が「ダイナミックレンジ」を大きい音と小さい音の差の対比によって感じているからです。「深夜が一番音が良い」といわれます。それは、電源のノイズが少なくなるのに加えて、「周囲が静かだから小さい音まで良く聞きとれる」ということがあるのです。部屋が静かなら小さな音も大きく感じ、蚊の羽音ほどの小さな音さえ聞き逃がさず捉えることができるのです。
スピーカーの音を良くするためには、部屋が静かなことが大切なのです。そのため、いくら電源をクリーンにしても回りが騒々しい昼間は、深夜ほど音は良くなりません。
また、スピーカーから出た音はすぐに消えてしまうのではなくて、壁や床で反射して残響を生じます。この残響が綺麗ならコンサートホールのように音の聞き取りを邪魔しませんが、残響が汚いと駅のホームのように部屋が騒々しくなり、細かい音が聞きとれなくなります。
残響が汚い部屋 | 残響が綺麗な部屋 |
二つのグラフをご覧下さい。白い棒がスピーカーの音量、△マークの線が汚い反射音、灰色の棒がスピーカーの音量から汚い反射音を差し引いた「有効なダイナミックレンジ(音量差)」を示しています。この「有効なダイナミックレンジ」が大きければ大きいほど、小さい音から大きな音まで濁らずに聞きとれるのですが、汚い反射音が発生していると音量を上げれば上げるほど、汚い残響が増えて部屋の音が濁り、小さな音が聞きとれなくなって「有効なダイナミックレンジ」は広がらないことがわかります。
しかし、汚い反射音が生じないように配慮されていると、部屋の残響がコンサートホールのように美しくなって、音量を上げても反射音が細かな音の聞き取りを邪魔せず、「有効なダイナミックレンジ」は音量に比例して大きくなるのです。リスニングルームで発生する主な汚い残響音は、壁と壁・天井と床などの平行面の間で発生する「定在波」です。(8)の方法で汚い反射を抑えると、音場が見違えるほどクリーンになり、音量を上げなくても音楽が楽しめるようになります。定在波の低減は、マルチチャンネルでは特に重要です。
7)スピーカーの位置を微調整する
音量は距離の二乗に比例して小さくなります。反射音も近い所は大きく、遠い所は小さくなりますから、「スピーカーに近接する壁や床からの反射」がもっとも大きく、部屋全体の音質に大きな影響を与えています。このスピーカー周囲から反射音は、次の方法でスピーカーの位置を微調整して調整するのが効果的です。
まず、必ず片方のスピーカーだけから波の音やホワイトノイズなど(音楽も使えます)を出しながら、スピーカーを少しずつ前後や左右に動かしたり、壁との角度を変えて音の変化を聞き取ります。音が濁った「モー」という音から「サー」というクリアーな音に「変化」するのが聞きとれるはずです。
この時「ノイズ(音楽)」が一番クリアーに聞こえる場所が「一番音の良い位置」です。次に反対側のスピーカーも同じように位置決めして下さい。これでスピーカーの音ヌケと音の広がりが大幅に改善されます。
余談になりますが、スピーカーケーブルの長さやスピーカーの個体差から生じる「左右のスピーカーの音質差」よりも、スピーカーの直近の壁からの反射音によって生じている音質差の方がずっと大きく、スピーカーケーブルの長さは、左右で2倍くらい違ってもその差は聞きとれません。試しに「モノラル音源」を左右一本ずつ鳴らし「左右のスピーカーの音の差」を聞き比べると、その違いの大きさに驚かれるでしょう。
また、片側のスピーカーが壁沿いで、反対側に壁がないなど左右周囲の状況が大きく異なっている場合でも定位がセンターに出ないとあきらめる必要はありません。スピーカーを左右別々に鳴らす調整法と「レーザーセッター」を併用して慎重に位置決めを行えば、ほとんどの場合、環境に左右されず音像を左右のスピーカーの中央に定位させることが可能です。
これらのセッティングによる劇的な改善効果は、体験しないと信じられないかも知れませんが、今までのセッティングの常識のほとんどが「視覚に騙された思いこみによる錯覚」と言い切っても差し支えないほど大きな改善がなされるのです。是非挑戦してください。
スピーカーのセティングについて、さらに詳しくはこちらをご覧下さい。
- 音楽をもっと深く楽しむために ステップ(4)
8)部屋の反射を調整する
スピーカーの位置調整で音はずいぶん良くなったはずです。しかし、まだリスナーから向かって右のスピーカー(黒色)の高音は右の壁に当たって反射をおこし、低音は背後から壁に沿って回り込み反対側のスピーカーの低音に混じり込んで「擬似的なモノラル効果」が発生し、音の広がりを大きく損ねています。
そこで、改善後のように左右の壁とスピーカー背後の壁に柔らかく厚手の吸音効果の高いカーテンを引き反射を防ぎ、低音の回り込みを防ぐため壁と直角に遮音板を立てて下さい。さらに、スピーカー直前の床と天井との間の定在波を減少させるため、ムートンなどの毛足の長い絨毯を敷きましょう。音場空間の広がりと透明感、楽器の立ち上がりの早さなどが大きく改善されるでしょう。
色々な「吸音パネル」の説明書には、パネルを壁と並行に設置するように書かれていますが、それは間違いでパネルを壁に並行にしない方が大きな効果が得られる場合が多いのです。
改善前 | 改善後 |
ーテンなどの施工が面倒な場合には、クリプトンから発売されているAP10という薄い吸音パネルがお薦めです。このパネルには「ミスティックホワイト」という効果の高い吸音材が充填されており、軽く、薄く、見かけも良く、さらに壁との角度も自由に変えられるので、非常に簡単にルームアコースティックを調整・改善できます。
9)お薦めのスピーカーの設置場所
図1 | 図2 |
2Chシステムの場合レーザーセッターの使用が必須となります。
10)さらに進歩した理想のセッティングに挑戦しよう!
今までは主に吸音することを中心にルームチューンを説明しましたが、実はカーテンやムートンなどの「軽く密度の低い材質」では「低音が吸収されない」ため、吸音材を増やせば増やすほど高域のエネルギーだけが減少し、相対的に低域のエネルギーが強くなりすぎて音の立ち上がりが鈍くなったり、響きや生気のないモニター的な音色傾向になりがちです。
この問題を解決するためには、図2のように、カーテンなどで吸音すると共に、SAロジックLVパネルなどの「綺麗な乱反射」をおこす反射板を黒線の位置に設置して高域のエネルギーを乱反射させれば、エネルギー感溢れるクリアーで広大な音場空間を実現できます。
また、LVパネル内部に粗毛フェルトが充填されており、低域のエネルギーを有効に吸収し部屋全体の帯域バランスを適正に保つ働きがあります。私の知る限りここまで的確に、巧妙に設計されたルームチューニング材は他にはありません。(しかも安い!)ここまでやれば、あなたのスピーカーの価値は、価格にして確実に「一桁(10倍)」もしくは「二桁(100倍)」音が良くなることは間違いありません。
ルームチューンについてさらに詳しくはこちらをご覧下さい。