StereoSound(ステレオサウンド) 168号「音楽の発祥と発展」

音楽は民謡(フォークソング)として地方で生まれました。しかし、「五線譜」が発明されるまでは、音楽を記録する方法がなかったために、それが大きく広まることはありませんでした。文化が国境を越えるためには「伝達手段」の発達が鍵となります。17~18世紀頃に「五線譜」が発明されたことで、音楽は当時のヨーロッパ文化の中心地「ローマ」からヨーロッパ全土に広まります。文字、無線通信、インターネットという「伝達手段」の発明と発達が、現代社会(文化)を急速に変化させたのと同様の変化が「五線譜」の発明によって音楽に起きたのです。「ローマ」から発信された音楽は、たどり着いた地で高度に発達し現在に至ります。音楽用語に「イタリア語」が用いられるにもかかわらず、著名な作曲者にドイツ人やオーストリア人が多いのは、音楽の生まれと発達の歴史を物語ります。

この頃、楽器も大きな発展を遂げます。フルートやバイオリン、ピアノなど主要な現在のアコースティック楽器のほとんどは、この時代に完成されています。このように17~19世紀は、五線譜の発明と楽器の発達により音楽文化が一気に花開きました。この時代の寵児となった音楽の主流は、「クラシック」です。しかし、現代音楽の主流は「POPS(歌謡曲)」でクラシックではありません。いつの間に主役の座が入れ替わったのでしょう?それには「オーディオ」の発明と発達が深く関わっています。

20世紀初頭に発明された「録音技術」により音楽は時空を越え、何時いかなる場所でもソースと再生装置があれば、好きな音楽を聴けるようになります。しかし、当時の装置の能力が限られていたため、複雑な楽音で長時間演奏される「交響曲」はソースとして不向きでした。結果として、ほとんどのソースは小編成のクラシックの短編やJAZZあるいは歌謡曲に限られます。オーディオ装置の発明が、音楽の主役の座を入れ替えたのです。オーディオ装置を楽器と考えると、さらに分かりやすいはずです。楽器に合わせて音楽は変わる。当時の最も売れていたオーディオ機器「ラジオ」のプアな音源に合わせて、音楽も簡単なものに変わったのです。

戦後、オーディオは革新的な進歩を遂げます。モノラルがステレオになり、LPの発明で長時間の演奏が実現します。ステレオサウンド誌が創刊された頃、オーディオの高音質化に伴い、音楽の主役は再びクラシックに戻ったかに感じられました。しかし、クラシックを楽しめるオーディオは、あまりにも高価で一般家庭には普及しませんでした。現代の家庭の主役は大画面テレビですが、一時モジュラー・ステレオが主役になった時代がありました。モジュラー・ステレオは、ラジオに比べ遙かに音が良かったので、その当時のPOPSも今よりもずっと本格的なものが多く見られました。国民を代表するロックバンド、サザン・オールスターズや坂本龍一など、現在の日本のPOPSシーンを引っ張るミュージシャンのほとんどは、このモジュラー・ステレオ時代に登場しています。

次の変化は、LPからカセットテープへの変遷です。小さく便利なこの音源からラジカセが生まれ、ウォークマンが発明され、音楽のポータビリティー化が進むと共に音源は再びプアになり、それに連れて音楽もプアなものになってしまいました。それからは・・・、メモリー・オーディオの発明や携帯電話プレーヤーなど、どんどん小型化が進んでいます。音源のプア化も進んでいます。ここままでは、本格的な音源を使う音楽はさらに衰退します。それが時代の流れとはいえ、それでよいのでしょうか?軽薄短小、低価格だけを追いかけるような物作りを続けて、どんな豊かな未来が開けるというのでしょうか?

話を音楽の黎明期に戻しましょう。クラシックが広まる以前の音楽を「Early Music」と呼ぶことがあります。イギリスの音楽家「デビッド・マンロウ」は、人類がまだ牧歌的に過ごしていたこの時代の音楽を可能な限り当時の楽器をつかい、現代に復元しています。彼はすでに亡くなりましたが、その演奏からは時代を遡っても変わることのない人間の本質や命が感じられます。それがプアな音源では、決してたどり着くことができない「芸術の深み」です。そして、その深みを聞かせてくれるのが「本格的なオーディオ」の真の価値です。

大衆オーディオが音楽を堕落させる以前の音源。音楽シンジケートと大手家電メーカーが芸術を商売におとしめる以前の音源。そこには、芸術としての音楽の本質が息づいています。「Early Music」から1950年前後のクラシックやJAZZにいたる「音楽が文化の花形だった時代のソフト」を聞くのにもっとも適した装置。それは、音楽が発祥し発展を遂げた「ヨーロッパ」の製品だと私は思います。中でも「ローマ=イタリア製」のオーディオ製品が奏でる音は、ひと味違う音楽の歴史の深みをあなたに味合わせてくれるはずです。


ステレオサウンド No.168―季刊 (168)


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