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逸品館メルマガ248「趣味の価値」

私の「オーディオに対する主張」は、その時々に応じて変わってきました。それは、メルマガのバックナンバーをご覧いただければ明かです。ステレオサウンドに掲載している広告コラムでも、「CDはダメでSACDにしかオーディオの未来は見いだせない」と書いていた頃(2000年頃)があれば、最近は「CDとSACDには大きな差がない」と主張しています。CDはアナログに近づき、それを超えたと言えば、アナログにはデジタルが到達できない良さがあると言ってみたり、私の主張は度々矛盾します。しかし、それは正直にそう思ったからですし、また、技術の進歩や様々な環境の変化と共に、主張は「臨機応変」に変わってよいと考えているからです。今回は「高級オーディオ」に対する、私の考え方の変遷を書いてみたいと思います。 高級オーディオというあまり一般に馴染みのない商品を取り扱っていると時々、「高級オーディオっていくらくらいするものですか?」とか「音が違うのですか?」と聞かれることがあります。価格の方は簡単にお答えできるのですが、音の違いばかりは言葉では説明できません。そんなときには機会があれば、3号館のメイン試聴室でお好きな音楽をお聴き頂きます。音を聞いた後では、「価格はとにかく、音の凄さはよくわかった」、「興奮した」という意見に変わります。 たいていの場合、次に「どのようなお客様が高級オーディオを購入されるのですか?」、「一般的なサラリーマンはどれくらいの価格のオーディオを購入されるのですか?」という質問を頂戴します。 最近の私は次のように答えることにしています。例えば、あなたの時給が800円だとして「好きなもの(男なら時計やカメラ、車やオーディオ、あるいはPCなどの”道具”がそれに該当すると思います。女性の場合は、化粧品や洋服、宝飾品が該当しそうです)を買うときはいくらくらいを目安になさいますか?もしあなたの時給が10倍になったとしても、同じ”価格”の商品を購入しますか?収入と共に、購入する商品の価格は上がるのではないですか?」と逆に尋ねた後、「自分自身の報酬に見合う高価な商品を購入したくなるのは、多くの人に共通する望みです。なぜならば、それが自分へのご褒美だし、前向きなモチベーションを生むからです」と。そうすると、ほとんどの方は納得されるようです。 この答えにたどり着くまでは、価格と性能という命題に関して私も随分回り道をしてきました。今も「安くて旨いものをお薦めしたい」という気持ちは変わりませんが、昔は安い製品と高い製品の音があまり変わらないことを大きな疑問に感じ「価格ほどの価値がないと考える商品を否定する」ことがありました。また、音質とは無関係な外観にコストを割いて、販売価格が不必要に高くなっている製品に疑問に感じることもありました。しかし、今では料理を盛りつけるお皿が味わいを深めるように、製品の外観やそれを取り巻く環境(アフターサービスなど)を含め、高級品にはそれに見合う「雰囲気(風格)」や「贅」が求められることを知りました。そして、徐々に私の中で、「高級品」に対する定義が変わりました。 私は海外ドラマが好きだと何度かお話ししていますが、最近見たドラマで「ボスが幸せそうにしていなければ、部下も幸せを感じない」という台詞を耳にしました。そしてなんだかすごく納得しました。会社であれ家庭であれ、なんらかのグループであれ、そのトップが幸せでない組織でそのトップに主従する人たちが幸せになれるでしょうか?リストラを繰り返す企業で人は幸せになれるでしょうか?全体の給与水準を下げて、雇用を確保するという選択はなかったのでしょうか?確かに企業の存続には「利益の計上」がマストです。しかし、その利益を生み出すのは「人」です。金銭的な利益と同時に社員の幸せ感も大切ではないでしょうか?私のような若輩者が口にする台詞ではないかも知れませんが、世相が暗い最近は特に強くそう思います。 趣味の製品選びも同じだと思います。どんなに安くてもその製品に価値を見いだせる心の余裕が、自分自身を幸せにしてくれるのではないでしょうか?私は自分自身可能な限りの多様な価値観を経験し習得することで、価格にとらわれず幅広く製品の良さを見いだして行きたいと考えています。   そしてなによりも、逸品館のスタッフ自身がオーディオやシアターの喜び、人生の楽しみを知らくして、どうしてお客様にその素晴らしさをお伝えできるのだろうかと強く感じます。自分たちが扱う製品に大いなる価値を見いだし、それをお客様にお伝えすること。それは商品を安く売るよりも基本的で、何よりも大切なことだと感じています。人生には仕事や責任ばかりではなく、自由と楽しみが必要です。 ... 続きを読む

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逸品館メルマガ246「仕事と遊びのバランス」

大型連休中でも、私達は仕事です。大変だな~と思われるかも知れません。確かにまとまった休みが取りにくいのは、私達のような接客業に共通する悩みだと思います(接客業だけではありませんが)。しかし、良いこともあります!それは、平日にお休みが取れることです。まとまった休みが取れない変わりに、ゴールデンウィークの「込んでいる・高い」という悩みから解放されるのは嬉しいことです。特に5月に実施する「社員旅行」では、連休明けと言うこともあってどこも「ガラガラ」で時間を有意義に使って遊べてしまいます。長所と短所は、表裏一体。前向きに楽しんだら勝ちです! 昨日、私のモータスポーツの師匠(先生)が亡くなりました。まだ60前の若さで人望も厚く、まだまだ人生先があった方なのに残念です。モータスポーツ界では著名な方で、明日のお通夜、明後日のお葬式にはモータスポーツ界の重鎮が沢山いらっしゃることでしょう。私も式典の末席でご冥福をお祈りしたいと思います。近しい人が亡くなる度に、遺された思いを感じます。その思いが私に力を与えてくれます。6日に開催されるレーシングカートのレースでは是非勝ちたいと思いますが、現実はそれほど甘くないのは百も承知です。 最近痛ましい交通事故が多発し、とても残念に思います。連休中は運転がおぼつかない「サンデードライバーも多く、普段より危険です。連休後半~連休明けの交通安全には、くれぐれもご注意下さいませ」。 最近我が社では、「魚釣り部」の活動が盛んです。魚釣り部だけでなく、今年は「遊び」を強化しています。それは「しんどい」ことが多ければ、それに見合う「楽しさ」が必要だと思うからです。過密な勤務とそれに負けない遊びで、ゆっくり休む時間がありませんが、気持ちはとても充実しています。 調子に乗ってきた「逸品館魚釣り部」ですが、これから夏の間は活動休止に入ります。それは私が日焼けを嫌うことと(夏は日焼け止めが汗で流れて、効き目がなくなります)、熱さで釣った魚が傷みやすいからです。前半釣行は今月下旬の社員旅行で締めくくります。社員旅行では、社員の約半数が参加(完全自由参加です)して「筏釣り」を楽しむ予定です。前半最後の海上釣り堀釣行は、の模様はブログ(ただの自慢です)でご覧いただけます。https://blog.ippinkan.com/ 逸品館の大きなイベントの一つ、ハイエンドショウ東京2012春がいよいよ2週間先まで近づいてきました。機材の準備がほとんど整い、デモンストレーションプログラムを作ることができました。今年は、例年と違って「スタートの2時間」は「特別ご招待」となり「VIP... 続きを読む

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逸品館メルマガ245「オーディオの近未来を考える」

連休を控えて(突入しましたが)遠方からのお客様のご期待を裏切らないように、3号館のメイン試聴室の再調整を行いました。大きすぎてあまり試聴のお声がかからないTannoy Kingdom... 続きを読む

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逸品館メルマガ242「再びオーディオの未来を考える」

来月初めからカートのレースシーズンが始まる関係から、一昨日、昨日とサーキットへ準備に行っておりました。ところがサーキットに行った翌日は、なぜか体がほてったり、下痢をしたり、けだるい感じがしたりと体調が芳しくない事が多いのです。疲れか風邪かなとも思ったのですが、花粉症の初期症状かも知れません。この時期花粉が多く、花粉症の方は大変だと思います。逸品館でも年々花粉症の社員が増えていますが、原因は花粉だけではなく大気汚染の影響も大きいと思います。花粉の多い時期は、空気の綺麗なところに行きたいですね! 最近、CDはなくなるのですか?音楽は、PC/ネットワークオーディオに変わって行くのですか?という質問を度々耳にします。答えは確実にYESです。同時にハイエンドオーディオ(オーディオ)はなくなってしまうのですか?と言う質問も耳にします。答えは、絶対にNoですが、その規模が今より大きくなるのか?小さくなるのか?は、まだわからないと感じています。その理由を説明します。 CDの発売でテープレコーダーはなくなりましたが、アナログレコードは残りました。レコードよりも便利なテープレコーダーが廃れ、不便なレコードが残ったのはなぜでしょう?私は1000枚以上のアナログレコードを所有しています。聴くことはほとんどないのですが、レコードが手元にあると安心します。 その最大の理由は「所有欲が満たされることにある」と考えています。私は古いタイプの人間なのかも知れませんが、図書館で本を借りると言うことをしません(最近は本を読むことが滅多にありませんが)、また電子ブックも利用しません。もし、読みたい小説があれば「本屋さんで買う」でしょう。鞄に入れた書籍の重さを感じ、表紙をめくるという「アナログ的行為」から私の読書は始まります。読み終えた本を書棚に入れ、時には読み返し色あせてゆく表紙を見ながら、過ぎ去った自分の時を省みます。そういう「自分と共に変わって行く存在感」が欲しいからです(単純に電子ブックは読みにくいと言うこともありますが)。 PCに取り込んだデーターや音源ファイルには、そういう「重さ」が感じられません。だから、本当に聞きたい音楽を「配信データーで入手する」ということに興味を持てないのです。これは、映画も同じです。見たい映画、見返したい映画は、かならずBD/DVDで購入します(映画はさすがにVTRテープで欲しいとは思いませんが)。 レコードを聴くときには、新品のレコードの封を切り、ライナーズノートに目を通し、注意深く針を落とす。一連の動作を通じて「音楽にフォーカスしてゆく」その感覚が好きです。オーディオや読書だけではなく、茶道や華道も「お茶を飲む」あるいは「花を生ける」という行為そのものだけではなく、準備段階から集中を高め気持ちをフォーカスするように作法が完成されています。 ゆったりとした「異質の時の流れそのものを楽しむ(慈しむ)」ことが趣味の味わいなのだと思います。もちろん若いときには、そういうことを面倒だと感じていたこともあります。しかし、年齢や経験を積んだ今では、自然にそれらを受け入れるようになり、楽しんでいます。 オーディオ界の重鎮「菅野沖彦さん」が、PC/ネットワークオーディオなどオーディオではないと断言されましたが、連綿と築き上げてきた「オーディオの作法」をすべて否定されるのですから当然だと思います。私も基本的には菅野さんの想いに強く共感しますが、もう少し広い視野を持って一人でも多くのお客様がよりよい音楽をよりよい音で聴くための(よりよい映画をよりよい画質音質で見られるための)お手伝いを精一杯させて頂きたいという観点から、PC/ネットワークオーディオの楽しみ方を否定しません。 果たして、オーディオの未来はどうなってゆくのでしょうか?ネットからダウンロードした音楽を聞くだけがオーディオに残される楽しみ方ならば、ハイエンドオーディオの未来は縮小すると思います。高級家具や調度品がその形を変えないように、高級品には「趣」や「存在感」が必要だと思います。機器だけではなく「音源/ディスク」にも高級感や存在感が必要だと思います。未来にどのような形で「音源」が残るのか?それがオーディオの未来を形を決めるはずです。 ... 続きを読む

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逸品館メルマガ241「ポジティブ・シンキング」

毎日毎日狭い範囲の中で同じ繰り返しを続けていると、知らない間に大切なものを見つけられなくなってしまいます。寒さを感じると外に出るのがおっくうになりますが、趣味であったり旅行であったり、自分の世界を外側からみられる時間を持つことは大切だと思います。 ここ数年は、業務拡張に伴い近隣のアジア諸国を訪れる機会が増えています。一歩外に出て日本を見ると、今まで気付かなかったことが見えてきます。日本が安全で清潔なこと。人々が比較的穏やかなこと。しかし、元気と活気の溢れる諸外国と比べ日本には元気が感じられません。今の日本は戦後復興という成長期~安定期を終え、まるで老年期にさしかかっているようにすら感じます。 近隣のアジア各国がそうであるように、高度成長期には「成長という思い」が日本中に溢れていました。敗戦の反動もあって、その思いはとてつもなく強いものだったはずです。当時の日本は「国家復興」あるいは「毎日の暮らしをよりよくしたい」、「収入をもっと増やしたい」という思いが全国民に共通していたからこそ、世界が奇蹟と呼ぶ急速な経済の発展をなし得られたのでしょう。 その成功を目の当たりにして、モチベーションを高めている近隣国家に比べて今の日本にその勢いや力は感じられません。ある程度の富や安定した生活に慣れて怠惰な時間を送っているようにさえ見えます。もし国民代表の思いが残りの寿命を平凡に全うしたい、あるいは自分の財産を子孫に残したい、そんな我欲を満たす自己中心的なものであれば、日本の将来を憂わねばならないでしょう。 話を見えやすくするため「国家」をチームに例えて考えましょう。例えば「高校野球」。全国の頂点を目指す原動力は、選手一人一人の「頂点を目指したいという思い」が何より大切です。スポーツは、勝とうという気持ちが強ければ強いほどモチベーションが高まります。モチベーションを高めるためには、まず「勝とう=前に進もう」という気持ちが大切です。 次にそれを支えるための「支援」が欠かせません。試合でプレーするのは「選ばれた9人」だけですが、彼らを支えるためにより多くの人たちの努力が必要になります。選ばれた選手は、自分たちを支えてくれる人たちへの感謝を欠かしてはなりません。彼らからの感謝と彼らの汗が、支援者の「納得」を充実させるからです。後方支援がしっかりしているほど、チームの力は強くなります。 「日本」というチームを振り返れば、呆れるほど多くの問題や間違いが蔓延っていることに気付きます。最悪なのは「手段を選ばずに金を儲けた人が勝ち」という、拝金主義的な幼稚で安易な考えが強くなってしまったことです。「勝つ=お金を儲ける」ということの重要性は、25年間逸品館を続けている私は人一倍よくわかっています。収入がなければ、たちどころに生活に困るからです。 しかし、余裕ができたから、試合に勝ったからと言って選手が努力を怠ればどういう結果になるでしょう。選手が汗をかかなければ、後方支援者の「納得」が得られません。後方支援がなければ、勝ち続ける(継続する)ことはできないのです。「勝てば官軍」という考え方は間違っています。みんなが「納得できる勝ち方」で勝ってこそ、次が見えてくるのです。重要なのは「思い」の強さと「納得」の充実です。プロ野球界での巨人のルール破りを朝日新聞がすっぱ抜きましたが、同時にこのようなやり方では、ファンの納得が得られないと主張しています。このスクープはただ単に、読売新聞と朝日新聞の確執が表面化しただけかも知れませんが、行き過ぎた競争社会の自浄作用が働き始めたと信じたいと思います。 弱くなっている日本人の絆を再び強めるためには、「報道」や「教育」が特に重要です。橋下市長が「国歌斉唱時に起立しない教員を処罰する」方針を持っていますが、国家再建を考えるのであれば、当然だと思います。確かに日本では国家を唱えることが「偶像崇拝」として利用された不幸な過去があり、素直に国歌斉唱を受け入れられないという理由はあるでしょう。しかし、時々に国を省みるという「思い」を共有する場は必要です。オリンピックでも勝利をたたえ国歌を斉唱します。 自分の国と文化に誇りを感じ、国を愛するという思いがなければ国家は成立しません。それを愛国心というと少しきな臭ですし、国歌斉唱制勝の是非はともかくとしても、教育の現場で「国への思い」を伝えることは、何よりも重要だと思います。自分たちの今が「支援者(それを支えるために命を捧げた人たち)の国への強い思い(すなわち愛国心)」の上に成り立っているという感謝を忘れた国に未来はありません。 足下を振り返れば、東北大震災の復興はまったく思うように進んでいません。まず、瓦礫の受け入れ先が決まらなければ再建ができない状況なのに、瓦礫の受け入れを拒否する地域が多すぎるように思います。お金を拠出するだけではなく、汗をかかなければ「思い」は共有できません。思いが共有できなければ、絆は生まれません。同じ痛みを分かつべき民として、私は忸怩たる思いです。極東のこんな小さな島国で個人個人の権利だけを主張しても、どれだけの利益がもたらされるというのでしょうか。本当に心が痛みます。 我欲の強さだけではなく、今の日本に一番足りないのが「明るい未来を見る思い」だと私は感じます。「一番不幸なことは、不幸な未来を想像することだ」と何処かで聞きました。誰の言葉か忘れてしまいネットで調べたのですが、上手く見つかりませんでした。しかし、まったくその通りだと思います。不幸なニュース、不安なニュースはこりごりです。心配しても、やってくるものはやって来ます。 メルマガにはなんだか難しいことを書きたがる私ですが、もちろん毎日難しいことばかり考えているわけではありません。以前のメルマガにも書かせて頂いたように、毎日を楽しく生きてゆこうと考え実践しています。最近社員や友人を魚釣りに「はめて」、自分の腕自慢をして悦に入っています。病気に感染した社員が「魚釣りのブログ」を作ってくれました。 このブログのように自称「漁師」を標榜する私ですが、実際魚釣り歴は45年近くに及び、仕事やオーディオに費やしているよりも遙かに長い期間を「魚釣り」に生きています。魚が欲しければお金を払って買う方が早いですし、「一網打尽」の言葉通り網で取れば短時間でたくさんの魚を収穫できます。しかし、それでは面白くありませんし、何よりも満足や納得が得られません。釣果はバランス良く、ゲームは華麗に。その結果が釣果となって実を結びました。 まあ、ただの自慢ですが・・・。 私は先を考えて立ち止まり、何もやらない人生よりも、やってから反省し、前に進む人生を選びたいと思います。どうしようもないことに心を悩ませるよりも、ポジティブ・シンキング。趣味の世界でも、魚釣りの時間でもそれは、とても大切なことだと思います。暖かな春は、すぐそこまでやってきています ... 続きを読む

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