AUDIO BASIC(オーディオベーシック) 46号「中低音の重要性」

私は、これまで「高音の美しさを求めることがステレオの音を良くする唯一の方法」と考え、高音の再現性の決め手として「アタックの切れ味の鋭さ(音の立ち上がりの早さ)」と「高音の透明感(音の立ち下がりの早さ)」の二つを重要視していました。高音(高周波)に対する過渡特性(変化の早さ)を向上させると、ステレオの音は生楽器の音に近づき、雰囲気や空気感など「音の実在感」が大きく向上すると考えたのです。この考えに基づいて私が開発しているAIRBOW製品には、他製品にない「高音の正確な再現性」を求めています。中でも「波動ツィーターCLTシリーズ」は、従来の方式ではスピーカーから再現できない「ハッキリした高音(芯のある高音)の再現性の改善」を狙って独自の製品として発売し大好評を博しています(詳しくは[波動ツィーター]で検索)。
しかし、高音の再現性が向上し再生音が生音に近づくとその場で生音を聞いているような感じが非常に強くなりますが、その反面困った現象が発生します。録音現場の状況があからさまになりすぎ、ソフトを聞く時に高い緊張感を伴うようになり、「良い音を聞いた」という印象が強く「演奏を楽しんだ」という印象が薄くなるのです。演奏の現場、特に楽器の直近で演奏を聞くと同様に感じることが多々あるので、これはこれで「正しい音」であると思いますが、私たちはリラックスして音楽を聞きたいのですから、ミュージシャンのミスやミキシング(マスタリングのミス)、マイク配置のミス、そういったいわゆる「ソフトの粗(録音時に解決できなかった問題点)」は明確になり過ぎない方が良いはずです。
このような考えから、今号に試聴記事の掲載が予定されている[Esoteric SA-10]ベースのカスタマイズモデル[AIRBOW SA10/Ultimate]では、従来のようにあえて高音の質を無理に上げようとせず、音決めのポイントを「音を聞く」から「雰囲気を感じる」へ移動し、現場の音ではなく現場の雰囲気がそのまま伝わってくるか?を意識するようにヒヤリングの方法を変えました。なぜなら、高音は耳にハッキリとその変化が聞き取れるのに対し、中低音の変化は聞き取れないからです。音の細やかさやクッキリ感が多少失われても「なんだか表現力がある」「雰囲気が濃く感じられる」と聞こえたら、それが音質の改善だと考えたのですが、その結果は大成功でした。
SA10/Ultimateで聞く音楽は、充実感に満ちています。演奏の現場に居合わせていると錯覚するほどリアリティーが高く、ビックリするくらい音が良いのですが、心が完全にリラックスした状態で音楽が流れ込んできます。時として鳥肌が立つほどのハッとする音や表現を感じますが、それは今までのように音の良さにビックリさせられるのではなく、心が大きく揺り動かされるイメージです。ミュージシャンが普段着で音楽を心から楽しんでいるように、コンサートを特別なものではなく、非常にフレンドリーに親しみのある感じで、しかも心の奥底から感動的に聞くことができるのです。もし、あなたがご自身の今の音に「聴き疲れがする」「ソフトを選ぶ」と感じていらっしゃるなら、高音の明瞭度を意図して、少しだけ下げられてみては如何でしょうか?ほんの少しの音質の犠牲と引き替えに、なくてはならない音楽性が手に入るかも知れないのですから。


AUDIO BASIC (オーディオベーシック) 2008年 04月号 [雑誌]


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