メルマガ」カテゴリーアーカイブ

逸品館メルマガ238「音楽文化の再生 」

ちょっと雨が降りましたが今日の大阪はとても暖かく、一気に本格的な春が訪れたように感じました。まさか、このまま暖かくなるとは思いませんが、3月になれば例年にもましたパワーで一気に春がやってきそうです。 ちょうど北国の春はこんな感じで、春と初夏が一緒にやってきたように命が一度に芽吹くと聞きます。私はまだ経験したことがないのですが、命溢れる大地に立つことを想像するだけでワクワクしてしまいます。よいい季節は、もう目の前です。 3月3日は、TAD... 続きを読む

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逸品館メルマガ237「パワハラと優秀録音盤 」

今年の冬は長くそして寒いですが、意外なことに原因は地球温暖化にあるそうです。温暖化なのに寒いのは、ちょっと納得しづらいかも知れません。しかし、温暖化の影響で極地が暖かくなったため、極地にあるべき寒気が従来よりも南下した(赤道よりに)結果、ヨーロッパやアメリカ、日本など人間が居住している地域の下がっているそうなのです。 人間が地球の環境を変えているのは、温暖化だけではありません。最近は、脱フロンという「名目(金儲け)」が消えてしまったため、オゾン層の破壊について言及されなくなりましたが、確実にオゾン層の破壊は進んでいます。その証拠に大好きな魚釣りに行けば、真冬のこの時期にも関わらず、すごく日焼けします。オゾン層の破壊が原因で、紫外線が強くなっているからです。 このように行き過ぎた人間の経済活動によって地球は傷つき、環境は大きく変わりつつあります。地球の一大事なのに、なぜかこの大事なニュースはほとんど流されません。それはメディアもボランティアではありませんから、広告主(お金持ちや広告をしてくれる企業、ニュースソースを提供してくれる国家や団体)にとって不都合なニュースは、掲載したがらないからです。 新聞社やTV局のような大きなメディアですら信用できないことが多いのですから、AV雑誌のような小さく、しかも業界との癒着が強いメディアのニュースは一層信頼できません。何度かこのメルマガでも取り上げましたが、逸品館がお金を払って買っている「広告欄に掲載するコラム」ですら雑誌編集部によって検閲が行われ、誌面の内容に沿わない文章が見つかれば書き換えを強要されています。 今回はシアター関連の雑誌広告の記事が検閲に引っかかり、書き換えを強要されました。もちろん私も筆が走りすぎると余計なことまで書きすぎることがあるので、こちらにも責任はあります。幸いにもたいていの場合文章の一部(彼らのクライアントや評論家などに対する明確な批判の非掲載は絶対です)を変えるだけで検閲は通過しますし、書き直すことで文意をさらに明確できるので書き換えには全く問題はありません(というよりも不要に敵を作らないために書き換えの強要はありがたい)。しかし、そんなことを平気で要求するメディアには、プライドと責任感は全く感じられません。 話を少し戻します。経済活動が環境を破壊していると書きましたが、それはマクロ的な視点です。ミクロの視点から見れば、は経済活動が私達の社会を破壊していることに気付きます。少し前にAKBのメンバーが男女交際禁止を理由に解雇されました。最近では、黒木メイサが妊娠を理由に契約違反の賠償金を請求されるかも知れないとか。確かに事前にそのような契約が交わされているから、文句は言えないのでしょう。しかし、男女交際や結婚、出産のような人間の基本的な権利まで契約で縛って良いのでしょうか?企業では辞令書1枚で転勤が決められ、逆らうと出世できないとか。なんだか、パワハラのようで釈然としません。 しかし、私達はそれを批判できません。なぜならば、湯水のようにエネルギーを使うことを止めないからです。また、無理のある契約を押しつけたり、それを受け入れています。力やお金の前に、私達民衆は無力です。だから、正しいリーダーの力が必要なのです。しかし、多くの人間は力を持つとより悪い方向に暴走するようです。いつになれば人間はもう少し成長するのでしょうか。 2月16日の朝日新聞朝刊の15ページ「オピニオン」欄に、破綻したアメリカの75新聞社を手中に収め、従来の新聞社のあり方を変えて黒字化に成功した「ジョン・ペイトン」氏の記事が掲載されていました。内容を要約すると「古い価値観の破壊」から「新しい価値観が生まれる」という(要約しすぎかも)ことです。このオピニオンの予言に従うなら、朝日新聞は滅びる新聞社に入ります。自社を否定するような記事を掲載したのは、なかなか勇気がいることだったと思います。掲載に尽力した人たちの努力と勇気をたたえたいと思いました。 社会の成長が行き詰まる時には常に、変化を恐れる古い勢力とそれを打ち倒す新しい勢力のせめぎ合いが巻き起こります。それは、歴史が証明しています。今の日本はまさしくそう言う時期を迎えています。日本を明るい未来に導けるリーダーは登場するでしょうか?大阪から日本は変わるのでしょうか?間違いないのは、着実に変化の足音が近づきつつあることです。そして、その変化から逃れるすべはありません。 きな臭い話題はこれくらいにして、話を音楽に変えます。先週、3号館でのご試聴にお客様が持ち込まれたソフトがとても気に入って、すかさず購入してみました。おそらく最小限の機材とマイク構成と収録されたであろう、シンプルさが特徴のライブアルバムです。機材のノイズがかすかに入っています(サーという小さな音)が、そういったものを排除するためのノイズカットや、楽器の音圧を上げるための「圧縮(コンプレッサーの使用)」がほとんど行われていない、非常にピュアな録音のソフトです。 「編集による悪影響」を排除すると、音楽がこれほどまでに生き生きとする見本のようなソフトです。また、音を聞けばレコーディングが「DSD方式」で行われたことが専門家ならすぐにわかるほど、音色が柔らかくダイナミックレンジが広く、アナログに近い(ある意味ではアナログを超える)音質に仕上げられています。メディアはCD/SACD/SACD-MULTIのハイブリッドディスクで、サラウンド・レイヤーはまだ聞いていませんが、もし疑似ではなく本当にサラウンドで収録されていたら、その臨場感は生演奏を超える可能性すら考えられるほど気に入っています。 楽曲は女性ジャズボーカルで、シチュエーションは新宿の老舗ジャズライブハウス「DUG」の閉店に伴う「最後のライブコンサート」です。ソフトからは、この歴史あるライブハウスを愛するミュージシャンと、お客様の愛情がひしひしと伝わってきます。録音だけではなく、演奏にも深みが感じられるアルバムに仕上がっています。 こんなピュアな演奏、こんなピュアなレコーディングが現在行われ、それが発売されていることを知ってとても嬉しくなりました。本物はいつの時代にも本物です。演奏家と聴衆の魂の共鳴がストレートに心に響く、4曲目のウッドベース、5曲目のギターは最高でした。「ラスト・ライブ・アット・ダグ、グレース・マーヤ」というこのアルバムは、逸品館のアマゾンストアからお求め頂けます。加工(嘘)のない「音」で生きたJAZZを聞いてみませんか?普通のソフトとは躍動感が「まったく!」違います。 ... 続きを読む

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逸品館メルマガ236「心のストーブ 」

休日に何気なくスイッチを入れたCATVムービーチャンネルの、バレンタインデイ映画特集で「あなたは私の婿になる」という映画が放映されていました。後半の1時間くらいしか見られなかったのですが、シンデレラストーリー的な「男女間の愛情と家族愛」がテーマの良くある恋愛ものでしたが、構成が上手くちょっと引きつけられました。 あらすじは(途中からですが)40才になったキャリアウーマンが、米国籍取得のため部下の年下男性を脅して「偽装結婚」します。あくまでも契約的な結婚で最初恋愛感情はありません。しかし、結婚報告のために訪れた男性の家族との触れあいや年下男性との触れあいを通じ、本当の愛が芽生えるという、都合の良いありふれたハッピーエンドです。 恋愛に冷めて仕事と自分のために都会に生きる男女と、豊かな自然に囲まれてゆったりとした時間の流れる故郷という対比の中で描かれる恋愛や、家族というもののあり方について、ちょっと考えされられてしまいました。もちろん、現実にはこんな幸せだけの恋愛・家族関係なんてありえません。人間関係には必ず困難が伴います。だからといって一人が楽だと思い込むのも、ちょっと違っていると感じたのです。 インターネットに代表される通信技術の大幅な発展により現代社会では、パソコン、携帯端末、携帯電話を使えば時間や場所を越えて誰とでも繋がります。「待つ時間」が無くなったためか、生の人間関係は逆に希薄になっているようです。確かにスイッチさえ切れば、とりあえず嫌なことに煩わされることのない関係は楽かも知れません。嫌なことから逃げ出すのには、都合が良いかも知れません。でも、簡単な関係からは、簡単な感動しか得られないと思えるのです。 例えば地球上に、生き物が自分一人だったら?と考えられたことはありますか。きっとそれは、他人に煩わされることのない幸せな世界ではなく、砂を噛むような空しい世界だと思います。 話は変わります。私は魚釣りから帰ると道具を完全に清掃しメンテナンスを怠らず、10年くらい使った道具でもまるで新品のように使っています。車も大切にするので、3-5年程度ではまだ新車のように綺麗です。日本人は神経質だと言われますが、ものを大事にしたり細かいメンテナンスにうるさいのは決して悪いことばかりではありません。しかし、それでも私たち日本人は「完全無欠なもの」を求め過ぎる、憧れすぎる傾向があり得ないほど強いように思います。 ゲームのように簡単にリセットし、すべてを元に戻せる仮想現実世界は楽かも知れません。しかし、現実世界には「完全なもの」なんてどこにもありません。もし、不完全なものから逃げてばかりいればどうなるでしょう?それから得られる楽しみも消えてしまうことでしょう。 すべてのものは変化します。完全だと信じたものも、いずれ不完全になります。それならば不完全や思うようにならないことを嫌だと思うことを止められないでしょうか?問題や自分の気持ちから逃げずに立ち向かい、逆にそれらを一つ一つ克服することを喜びと感じることができれば、こんなに興味深くやりがいに満ちている時代は他にないはずです。 変化を恐れず、それを楽しむ心の余裕。未来を信じる志。そういう気持ちを忘れずに、毎日を過ごせたらと思っています。「積み上げた何かが、壊れることを恐れる」のではなく「なにかを積み上げる喜び」を求めたい思います。 まだしばらく寒い日が続きそうですが、心は熱く居たいと思います。心を熱くしてくれる音楽や映画は、欠かせない心のストーブです。 ... 続きを読む

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逸品館メルマガ232「海上釣り堀とスタートレック 」

21世紀も1/10が過ぎて世の中はますますデジタル全盛で、オーディオもデジタルフォーマットがどんどん進化して「CD... 続きを読む

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逸品館メルマガ231「2012年、年始の抱負」

すでにご存じのように昨年のCDの売上はまたしても減少し、ミリオンセラーはダンスミュージック系のビジュアル込みのソフトが中心でした、中身の「音楽」で真っ向勝負できる本格的なPOPS/ROCK/JAZZ/CLASSICは、以前に比べかなり減少しています。このようなことから一部では音楽離れが指摘されていますが、私はそれがすなわち音楽文化の衰退の現れであるとは考えていません。 流行歌のように「通り過ぎる音楽」もあれば、名盤のように「長く愛される音楽」もあります。クラシックに目を向けるなら、バッハ、モーツァルトの時代に古典的な音楽は完成しています。当然マネをすることができないので、それ以後の作曲家は「なにか違うこと」をしなければなりません。ROCKやPOPSも同じで、時代が進めば進むほどどんどん「やれること」は少なくなります。すでに十分な「名盤」と「そのコピー」が残っている時代に、それらを超える「新しい音楽」が少なくなり、音楽性で勝負できるディスクの売り上げが減少するのはある意味で当然だと思います。またそれに加え、音楽のコピーと配信が簡単になりすぎて世界中で同じ音楽を即座に聴けるようになったことも、音楽の短命化に拍車をかけていると思います。 音楽は、昔に比べて「利益のでないコンテンツ」になりました。利益を産まない産業や文化は遅かれ早かれ消滅します。音楽の主流がクラシックのようにコストのかかるものから、簡易なダンスミュージックのようにわかりやすく、コストが安く作れて短期的に利益を生むものへと変化するのは当然の流れです。しかし、クラシックの衰退が即座に音楽文化の衰退だとは考えられません。現実に目を向ければ携帯の着メロに代表されるように、現代のあらゆる機器からは日常的に音楽が再生され、そういう意味で今ほど音楽に溢れている時代はありません。 電子楽器の発明がROCKやPOPSをCLASSICを超える音楽へと進化さたように、新しい音楽は、新しい楽器と共にやってきます。オーディオの発明は音楽をよりポピュラーなものへと変え、携帯ミュージックプレーヤーのブレイクによってそれはさらに進化します。それが21世紀の新しい音楽文化の幕開けです。音楽はよりわかりやすく、より簡便なものに変化してゆくことでしょう。 では、映像はどのように変わるでしょうか?TVの登場でラジオが衰退したように、インターネットの台頭でTVは衰退の危機に直面します。放送局はインターネット・コンテンツとの差別化のため、3Dやハイビジョンによる「高画質化」を目指しましたが、すでにUstreamやYou... 続きを読む

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