みなさま、こんにちは。
3月に入り、春の足音が聞こえて来るかと思いきや、北海道には大雪が降り、暖かくなるとなったで花粉症と心配事の多い時代です。
「私は貝になりたい」という劇画があります。1958年にテレビドラマとして作られ大きな反響を呼び、2008年に作られたリメイク版では、SMAP(スマップ)の中居正広が主役を務めた、話題作です。この物語は、高知で床屋をしている男が召集され、任地でB29の搭乗員の刺殺命令を受けるところからはじまります。しかし、臆病な男は、米兵の腕を銃剣で刺すのが精一杯でした。終戦後、男は戦犯として逮捕されます。「上官の命令に従っただけ」だし、そもそも腕しか刺していないのだから、大した罪には問われないだろうと思っていた男に下った判決は死刑です。
世をはかなんで、男は家族宛ての遺書に「人間に生まれたから、人間に酷い目に合わされる。どうしても生まれ変わらなければいけないなら、私は深海で誰にも邪魔されずに、静かに生きられる貝になりたい。」と記します。
このドラマの主張は、裁判で男はなぜ刺したのかと聞かれ、「上官の命令は天皇陛下の命令です」としか答えられなかったこと、それを欧米の裁判官は「命令が不当だと思ったなら軍法会議に提訴できるではないか」とその釈明が理解できなかったことに要約されます。つまり、「お上」を頂点とする命令体系の中で、誰の責任で命令が発せられたのか曖昧になっていく体質が、昔から日本にはあったことが取り上げられているのです。
最近の社会的な大事件での責任問題や、国会での審議を見ると、この日本的な体質は今もまったく変わっていないことがわかります。「命令を実行しただけ」、「言われたとおりにやっただけ」この言い訳で、どれだけの責任が曖昧にされてきたことでしょう。
「罪悪感」だけが、人の心を正せます。だから、善悪の区別が付く罪人を正すことは、難しくありません。
「罪を犯さないように(悪いことをしないように)」と言えばよいからです。けれど善悪の区別が付かない人を導くには、まず、「善悪の区別」を教えなければなりません。けれど「善悪」は、世相や世論、つまり情報によって左右されます。先ほどの話であれば、戦勝国と敗戦国では、「善悪」の判断はまったく変わるでしょう。
私達が「善悪」の判断をゆだねる「情報(世論)」は、現代ではインターネットから得られます。インターネットで最近大きな話題になっているのが、「芸能人不倫問題」。こんな個人的なニュースは、いくら取り上げたところで、おもしろおかしく感じる人が増えこそすれ、社会が良くなることなんて、まったくありません。けれど彼らがそういうニュースに固執するのは、視聴率が稼げるから、雑誌が売れるから、そんな理由でしょう。そして正論も行き過ぎれば、「いじめ」になります。この点は、私も重々注意しなければならないと感じています。また、現代社会では、「高所得者」がより幸せとされ、「勝ち負け」や「格差社会」という表現で、お金で幸せが買えるかのような、著しい偏見が
蔓延していますが、これもマスメディアが作り上げた虚像でしょう。
人生は長い戦いだと言われることがあります。私もそう感じることが少なくありません。けれど、どんなに頑張っても「1番」になれるのは、1人です。それが幸せなら、それ以外の人はそれほど幸せではないか、もしくは不幸です。こんな歪んだ価値観を作り上げたのは、いったい誰なのでしょうか。もし、運良く「1番」になれたとしても、その「結果」は一瞬にして訪れ、一瞬で去って行きます。幸せが続かない。こんな不幸なことがありますか?
モチベーションを保ち、適度に頑張ることは大切だと思います。けれどそれは「過程」を充実させるためであって、「刹那的な結果」を求めるためではありません。せめて趣味は自由でありたいから、「高いものが一番素晴らしい」。
そういう単一的な価値観を、私はオーディオに持ち込みたくありません。オーディオとホームシアターは、機器を買い替え、それを使いこなすことによって、音楽や映画を通じ、人の心の意味深さに触れることができる素晴らしい趣味です。大切なのは、「作品を作った(演奏した)人の真心が伝わる」かどうかです。
お金よりも大切なもの。目に見えない大切なもの。それを知る人が、きっと世の中で一番幸せな人だと思います。気に入った音楽を聞きながら、そういう気持ちになれるといいですね。
今週のトピックス
1月29日のメルマガで取り上げた、AIRBOW... 続きを読む