AudioAccessory(オーディオアクセサリー) 126号「振動を消すのではなく、整えることが大切」

振動を消すのではなく、整えることが大切「AMPZILLA 2000」を聞き「新レコード演奏家論」を読み、そして「Unison Research SINFONIA」などの音楽性豊かな真空管アンプに触れて「私の音作りに対する考え方」は確実に進歩を遂げました(ステレオサウンド誌に掲載している逸品館の広告をご覧頂ければ、詳しい経緯が分かります)。溢れるような豊かな音楽を聴かせてくれるそれらの機器を聞いていると再生音楽の音質向上には「振動を消さずに味方に付けることが大切」だと実感できます。
いわゆるVintageと呼ばれるようなオーディオ製品は、そのどれもが「盛大に振動し(鳴き)」ます。その結果、再生時には録音時に存在しなかった「響き」がシステムによって付け加えられます。一例としてレコードプレーヤーに注目しましょう。レコードから音楽信号を取り出すときカートリッジは、一本の溝に刻まれた信号を一つの針で拾いそれを2chに分離しています。この分離過程は、CDに比べると実に不完全なもので、左右の溝に刻まれた2chの信号を一つの針で取り出さねばならないため、物理的に右chの音が左chに混じり、左は右に混じることが避けられません。左右の響きが混じり合うのです。
レコードの音をステレオで再現すると右スピーカーから左chの音が、左からは右chが漏れ出ます。つまり、実際には録音されていない音がスピーカーから出てくるのです。理論から見れば、左右の信号が混ざってしまう「クロストークの発生」は信号を損ねる「歪み」です。「歪み」は徹底的に排除する、すなわちクロストークを排除しチャンネルセパレーションを可能な限り向上させるのが現代オーディオの音質向上の考え方です。国産の多くのメーカーも同じ考えのようですが、果たしてそれは正しいのでしょうか?
私は、違う考え方をします。レコードプレーヤーによって生まれた「このクロストークという歪み」が音楽をより楽しく聞かせる方向に働いているという考えるのです。クロストークを音響的に考えると、疑似的に「センタースピーカー」を設置した働きになることが分かります。つまり、レコードによるクロストークの発生が(左右の信号の混じり合い)が仮想センタースピーカーの働きをして、リスニングポジションでの「中央の定位」を強化していると考えるのです。左右chを完全に分離して再生できるCDよりも、クロストークが発生するレコードの再生の方が中央の定位の実在感が濃く(スピーカーの中央に実在感のあるボーカルや楽器が出現する)、さらに前後方向の奥行きも深くなるというのはより現実に則し、しかも理論的にも正しい考え方です。さらにクロストークの発生は、左右への音広がり(立体感)も大きくします。つまり、オーディオ的には「歪み=音質を損なう」としか見なせない「クロストークの発生」が、現実には音場の定位を明確にし音場を広げるような「プラスの方向」へと作用しているのです。
この「響き(歪み)」がプラスになるという考え方を少し違う方向から展開します。音は、響きの複雑さによって深みや表現力を増すため、楽器には響きを増加させそれを複雑化するための「共鳴部」が存在します。例えばグランドピアノの低弦は、1本でなく太さや構造の異なる3本の弦で構成されています。これは、一本の弦では音量が小さいという理由だけではなく、複数の弦を使わないとグランドピアノらしい重厚な響きを伴う楽音が生み出せないからでもあります。ピアノの調律では、これらの弦を個別に調整し(実際には微妙にそれぞれの音をずらしている)「プレーヤーや演奏曲目に合わせた独自の響き」を生み出すように調整します。ピアノから音が出るときには、たとえ一音を出すために一つの鍵盤を弾いたとしても、他のすべての弦も同時に共鳴します。この「共鳴」がきちんとコントロールされた時にピアノは、初めて「美しい響き」を生み出せるのです。このように深みのある楽音は、調和した複雑な響きの集まりなのです。「響き」を取り去ると楽器の音は、単純になり安物の電子音のように深みも広がりもない音になってしまうのです。それは、楽器だけではなくオーディオもまったく同じです。
しかし、多くのオーディオメーカー、オーディオアクセサリーメーカーは、元々無かった響きはすべて「歪み」だから、それはすべて取り去るのが正しいと考えています。特にデジタルがオーディオの主流になってから「歪み=悪い」という短絡した考え方によって、オーディオシステムからは「響き」が徹底的に取り除かれています。その結果再生される音楽は「複雑さ」、「深み」、「生気」を失い、純粋だけれど心を打たない「つまらないもの」になってしまったのではないでしょうか?
測定器によって「歪み=響き」を徹底的に取り除かれた最新オーディオ製品(デジタルアンプなどはその代表例)と、制作時に人間が徹底的に聞くことで「歪み=響き」をより「音楽的に有効なもの」へと調律されたVintageオーディオ製品で音楽を聞き比べれば、どちらが「人間にとって楽しいものであるか?」その答えは明らかです。過去にも説明しましたが「純粋なデジタル」の音が「歪みの多いアナログ」に敵わないのは、アナログシステムが「響き」によって再生される音楽をより「豊かなもの」へと変化(改善)させた結果なのです。楽器にとって「響き」が必要不可欠であるように、オーディオにとっても「響き」は、録音-再生で失われる「音楽の響き」を補い、あるいは元々の演奏よりも再生演奏をより深く感動的に聞かせるために必要欠かさざるべきものなのです。
オーディオ製品が発生する「響き」を「歪み」と短絡し、それを取り去ることは「音楽性を損ねる」事にほかなりません。多くの国産製品、特にスペックや技術を前面に押し出しているメーカーの製品が「人の心を打たない」のは、そう言う理由だったのです。音楽とは「響き」によって「心」を伝える芸術です。「響き」を消し去れば「伝えるべき心情(音楽的なニュアンス)」も消えてしまうのは自明です。それが分からないのは、頭のお堅い「電気屋さん」がオーディオ製品を作っているからです。オーディオを理論で、頭で考えると失敗します。実際に試してみて、心地よい「響き」をどれだけ豊富に取り出せるか?それが、オーディオマニアに求められる、オーディオマニアが求めるべき「オーディオ的な音楽性」そのものなのです。機器の生み出す響きが生演奏と同等、あるいはそれ以上に素晴らしいものになったとき、再生音楽は生演奏と同等あるいはそれ以上の価値を持つでしょう。それほど素晴らしい「音」になら、価格を付けられないほどの価値があるはずです。「価値」があるのは、購入した商品ではありません。オーディオ製品の「価値」を高めるのは、あなたが出す音なのです。高いものを買っても、いい音が出せるとは限りません。響きを敵に回すか、響きを味方に付けるか、それはあなたの腕次第。適切なアドバイスによってお客様の未知の力を引き出して差し上げるのが、オーディオ専門店の役目なのです。


Audio Accessory (オーディオ アクセサリー) 2007年 10月号 [雑誌]


カテゴリー: Audio Accessory, 社長のうんちく タグ: , , パーマリンク