AUDIO BASIC(オーディオベーシック) 44号「振動を消すのではなく、整えることが大切」

プレーヤーの主流がレコードからデジタルになって周波数特性やダイナミックレンジは大幅に拡大し、測定上の「歪み」も激減しました。データ的には、遙かに優秀になったデジタルですが、未だにレコードの方が音が良いと主張するマニアは数少なくありません。「デジタル>アナログ」、「アナログ>デジタル」と両者の主張は真っ向から対立しています。なぜこんな矛盾が起きるのでしょうか?私は次のように考えています。
レコードは「ステレオ(2ch)」で録音されていますが、音が刻まれる溝は一本です。カートリッジは、溝の左右に刻まれた信号を一つの針で拾い、そこから2chを取り出します。この分離過程は、CDに比べると実に不完全なものです。左右の溝の信号を一つの針で取り出すため、右chの音が左chに混じり、左は右に混じることが避けられません。そのためレコードをステレオで再現すると、僅かですが右スピーカーから左chの音が、左からは右chの音が漏れ出ます。実際には録音されていない音がスピーカーから出るのです。データ的に考えるなら、この左右の信号が混ざってしまう「クロストークの発生」は信号を損ねる「歪み」でしかありません。しかし、レコードプレーヤーによって生まれた「このクロストークという歪み」が音楽をより楽しく聞かせる方向に働いているとは考えられないでしょうか?
左chの音が右chから漏れると、音像定位は左から右側へ移動し中央の定位感が強くなります。2chの疑似サラウンドで仮想センタースピーカーを設定したのと同じような働きを「クロストーク」が担ってリスニングポジションでの「中央の定位」を強化するからです。さらに「クロストーク」は、左右スピーカーの横方向への音の広がりも大きくします。その結果、左右chを完全に分離して再生できるCDよりも、クロストークが発生するレコードの方が中央の定位の実在感が濃く(スピーカーの中央に実在感のあるボーカルや楽器が出現する)、さらに横方向の音場も大きくなり(立体的な音の広がりが実現する)、より理想に近い音楽再生が実現していたのではないでしょうか?オーディオ的には「歪み=音質を損なう」としか見なせなかった「クロストークの発生」が、実際には「プラスの方向」へと作用していたのです。未だにレコードがCDより音が良い、情緒的であると主張するオーディオマニアの意見は、間違いではなかったのです。
この「プラスになる響き(歪み)」は、レコードだけで発生するのではありません。スピーカーはもちろんのこと、真空管、トランジスターを問わずあらゆるアナログ回路で「プラスになる響き(歪み)」は、発生します。この「響き(歪み)」を消さず、味方にすることが大切です。「純粋なデジタル」の音が「歪みの多いアナログ」に敵わないのは、アナログシステムが「響き」によって再生される音楽をより「豊かなもの」へと変化(改善)させた結果なのだとは考えられないでしょうか?楽器にとって「響き」が必要不可欠であるように、オーディオにとっても「響き」は、録音-再生で失われる「音楽の響き」を補い、あるいは元々の演奏よりも再生演奏をより深く感動的に聞かせるために必要欠かさざるべきものなのです。
オーディオ製品が発生する「響き」を「歪み」と短絡し、それを取り去ることは「音楽性を損ねる」事にほかなりません。多くの国産製品、特にスペックや技術を前面に押し出しているメーカーの製品が「人の心を打たない」のは、そう言う理由だったのです。音楽とは「響き」によって「心」を伝える芸術です。「響き」を消し去れば「伝えるべき心情(音楽的なニュアンス)」も消えてしまうのは自明です。オーディオを理論で、頭で考えると失敗します。実際に試してみて、心地よい「響き」をどれだけ豊富に取り出せるか?再生時に発生する「響き(歪み)」を生かし、楽器を調律するようにオーディオ機器の全体の響きを整えることができれば、オーディオセットは生演奏と同等あるいはそれ以上の音楽を奏でられるはずなのです。私は、この考えに基づいて「響き」を生かし、それを整える方向のアドバイスこそが客様の装置から未知の力を引き出すための最も重要なポイントではないかと考えています。


AUDIO BASIC (オーディオベーシック) 2007年 10月号 [雑誌]


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