StereoSound(ステレオサウンド)「153号 原点への回帰」

前号に「HI-ENDオーディオの終焉」というタイトルで始まるコラムを掲載したが、タイトルの過激さ故か思いの外大きな反響があった。読み返してみると、いささか舌足らずに思えたので続きを書くことにした。コラムを掲載するには2頁で50万円の広告代が必要だから、2連載には100万円を投じなくてはならない。決して少ない出費ではないが、それだけの自費を投入しても「伝えたいこと」が、私にはある。
オーディオは、決して「大きな音」や「細やかな音」を競ったり「人に自慢してみせる」ためのものではない。HI-ENDオーディオ製品には外観のデザインやマテリアルも重要だが(無意味な先進技術はまったく不要)、なによりも音楽を聴くための手段(道具)」でなければならないというのが、終始一貫して変わらない私の持論である。音楽的感動の大きさと販売価格は比例関係になければならないから、高額であればあるほど音楽をより深く、感動的に再現しリスナーに伝えなければならない。
実を言うと、ここ2年間は「2ChのHI-ENDオーディオ」を一休みして「サラウンド」・「マルチチャンネル」の追求ばかり続けていた。それは、2Chのオーディオを真剣に突き詰めれば突き詰めるほど 続きを読む

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AudioAccessory(オーディオアクセサリー) 114号「性能と能力」

「車」・「カメラ」・「オーディオ」この3ジャンルは、「男が好む製品」としてよく知られています。女性にとっての「宝石」・「化粧品」・「洋服」に相当するのでしょうか?生まれながら」に男性は、そういう複雑で仰々しい装置に心を引かれます。それは、それらの装置の購入が「自分自身の能力を増大させ」男性のDNAに組み込まれた「強いものへの憧憬を満たす」からに違いありません。
確かにパワーのある車を買えば直線で「誰よりも早く走る」ことができるようになります。ズームレンズ付きのカメラは「目に見えない遠くをクッキリ」写し、高価なオーディオ機器からは「すごくいい音」が取り出せます。(取り出せるはずです)さらに、装置の購入グレードをどんどん高めればそれに比例して「取り出せる能力」が増大し「満足感」は一層高まり麻薬のように男心を虜にするはずです。しかし、その心地よさに溺れてはいけません。お金で購入できるのは「装置の性能」であって「それを使う人の能力」ではないからです。
高価なスポーツカーを購入してもドライバーの「技術」が伴わなければ、「速く走り、早く曲がり、早く止まる」ことはできません。カメラも「何を撮るか」が明確でなければ「感動的なシーン」を捉えることはできません。では、 続きを読む

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StereoSound(ステレオサウンド) 152号「Hi-ENDオーディオの終焉」

オーディオが下火と言われて久しいが、去年末あたりから更に急速にHI-ENDオーディオの売り上げが落ちているという話を耳にする。その理由を私なりに考えてみたが原因は「デジタルシステムの功罪」と「CDの音の悪さ」にあることを疑う余地はない。
「デジタルシステムの功罪」とは、「安いもの」と「高いもの」の「性能差」を小さくしてしまったことである。今、100万円を超える「高級時計」と100円均一で購入できる「安物時計」の「時間精度」はさほど変わらない。その秘密は「可動部品の総数」にある。「可動部品」は「量産によるコストダウン」に限度があるし、「組み立て」コストも高いため「精密な部品」の総数が「多く」なればなるほど「コスト」は嵩む。それに対し「電子部品」は、量産によるコストダウンが著しく「作れば作るほど安くなり性能が良くなる」という大きな利点がある。つまり、ミクロな部品レベルで見れば「デジタル時計の方が部品点数が圧倒的に多い」にも関わらず、マクロなレベルで見れば「逆に部品点数は少ない」ため「製造コスト」が大幅に安く「信じられないような低価格で高性能が実現」するのが「デジタルの最大の利点」なのだ。
身近なオーディオ製品を例に挙げれば、カセットテープを使っていた「初期のウォークマン」と 続きを読む

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StereoSound(ステレオサウンド) 151号「本当に音楽好きなお客様の力になりたい」

最近のオーディオ機器は「あきれるほど高額な製品」が多い。しかも「価格を納得させてくれる製品」が少ないと感じるのは私だけなのだろうか?
10年以上前、まだ「オーディオフェア」が池袋のサンシャインで行われていた頃「輸入オーディオ」や「LUXMAN」など国産ハイエンドオーディオ・メーカーのブースに出向くときには「期待にわくわく」したことをハッキリ覚えている。「入場料なんて安い」と思ったものだ。それが・・・昨今の「オーディオフェア」では、まったく見るべき物がない。お客様に「是非お薦めしたい」と感じる製品が見あたらないのはどうしたことか?自分自身の「熱が冷めた」のか?それとも「要求するレベルが高くなったから」なのだろうか?どちらにしても当初感じていた「わくわく感」は、今はない。
フェアに期待できなくなって「逸品館の音」も「退化」し悪くなってしまったのだろうか?それは違う。まったく逆である。オーディオを「メーカー」よりも突き詰めて真剣に考え、独自に研究を重ねて来た結果「フェアから学べるもの」・「フェアに期待するもの」が相対的に少なくなってしまったのだ。フェアに期待できない。フェアで購入すべき商品が見つからないからといって 続きを読む

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A&V village(エーアンドヴィ ビレッジ) 68号「すべての山に登れ!」

サウンド・オブ・ミュージックの挿入歌「すべての山に登れ」をご存じだろうか?人生を託せる「夢」が見つかるまで、諦めずに「あらゆることにチャレンジしなさい」という内容の歌だ。戦後~1960年代に作られた映画には「時代を超える名作」が非常に多い。
CG(コンピューター・グラフィクス)など無かった時代、「野外ロケ」が多用される作品では、「一つ一つのシーンの撮影」に「自然が味方してくれる」まで、どれだけの時間を掛けたことだろう。
撮り直しのきかないカットで「極限の緊張状態」を強いられ、そのプレッシャーをはねのけて「のびのびとした演技」を求められた「俳優」の力強さ。挿入される音楽も「後編集」が許されず、全てのテイクが「生演奏一発録音」で収録されている。演奏家も、同じ極度のプレッシャーにさらされたことだろう。そういう「緊張感」の中でも「力をフルに発揮できる」圧倒的な天賦の才がある人達だけが選ばれ「芸術の高み」に登ることを許されたのだ。だからこそ、当時の映画は「完成度」が非常に高く「永遠にその輝きを失わない」。
今これらの名作を観直してみると、 続きを読む

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