StereoSound(ステレオサウンド)157号「テクノロジーとアートの融合(3)」

「原音追求再生」と言うが、オーディオにおける「原音」とはいったい何だろう?「生音」に近い音、「演奏の雰囲気」がそのまま伝わってくるような音、自分の好きな音。それには、様々な答えが用意されているように思う。オーディオマニア100人に「原音とは?」と質問すれば、最後は禅問答のようになってしまうかも知れない。だが、少なくとも私は「原音」とは「楽器から発生する物理現象を正確に再現しうる音」と明確に定義している。今までにも何度かこのコラムに掲載してきたが「生音と同じ音」はオーディオからは、決して出せないと私は考えている。楽器などの音源とスピーカーの振動板の材質はあまりにも違いすぎるし、録音-再生というプロセスの中で、容易に音はその「純形」を失ってしまう。録音-再生のプロセスの中で発生する「歪み(音の劣化)」は、決してゼロにならないから「生とイコールの音」はオーディオからは出ないはずだ。
しかし、「原音を彷彿とさせるような自然な音」ならオーディオから出せると考える。それは、録音-再生のプロセスで発生する歪み(音の変化)を「自然に起きる変化」に似せてやれば(なぞらえてやれば)良いのだ。例えば、高音は「空気のバネ性」や「粘性」によって、音の伝達距離に比例して減衰するが、低音は高音より減衰しにくい。つまり 続きを読む →

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StereoSound(ステレオサウンド) 156号「テクノロジーとアートの融合(2)」

テクノロジーとアートの融合から生まれた新生代のサウンド

私事で恐縮だが、今年も去年に引き続いてレーシングカートレース「茂木K-TAI」に参戦した。チーム名も「オーディオのことなら逸品館」としたので、わかりやすく宣伝効果も抜群だったと思う。結果は、残念ながらレース終了30分前にエンジンが壊れて「クラス4位」で表彰台には登れなかったが、同じカートショップ「FeG」から参戦した3チーム(“オーディオのことなら逸品館”も含めて)が一時すべてトップを走り、内1チームがクラストップ、さらに「MVP(最優秀賞)」に選ばれ参戦は大成功を収めた。この様子は、K-TAI 2005のホームページに詳しく掲載されているので興味がある方はご覧頂ければ幸いだ。
レースの結果はともかく、私はここ数年「レーシングカート」という良き「趣味」と出会ったお陰で、大変充実した毎日を過ごしている。「レーシングカート」の良さは、体を使い反射神経をとぎすますことで「五感と脳の連携」を活発にしてくれるところにある。人間本来が持っている「身体感覚」を驚くほど効率的にトレーニングできる。私は本来負けるのが嫌いな性格だから、レースに参戦してからはますますその熱は上がるばかりだ。 人類の男性は本来「競う」という本能を持っている。この「競う」という 続きを読む →

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AudioAccessory(オーディオアクセサリー) 117号「「聞くべき音」と「聞かざるべき音」」

ここ10年の間に、オーディオ機器の売り上げに反比例するようにオーディオアクセサリーが爆発的に売れている。少し前では、考えられなかったような高価なケーブルやインシュレーターボードなどが雨後の竹の子のように登場して、あるものはヒットし、あるものは淘汰されて消えている。たぶんオーディオアクセサリー誌に掲載されているアクセサリーの平均価格を計算すれば、この10年間でのインフレ率はおそらく驚くべきものになるのではないだろうか?と想像する。しかし、さすがにここ数年はアクセサリーのインフレも収束し、10万円を越えるほど高価なアクセサリーの売り上げは減少傾向にあるように感じているが、それは高額アクセサリーの購入が同道巡りで、結局音質向上に結びつかなかった結果ではないかと推測する。
例えば、あなたがオーディオアクセサリーを購入する動機は何だろう?端的に「音を良くするため」に違いないと思うが、しかし「それまで聞こえなかった音が聞こえるようになった」からといって、それは「音が良くなった」と言えるわけではない。オーディオとはそれほど単純なものではないのだ。
私たちが日常聞いている「音」は、 続きを読む →

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StereoSound(ステレオサウンド) 155号「テクノロジーとアートの融合(1)」

蓄音機やSPレコードで増幅なしに音楽を聴いていた黎明期を過ぎ「録音再生技術」は、軍需用の後押しもあって一気に発達、1950年頃には電気的な増幅回路を使って低歪み大音量サウンドが再現可能な私たちが「オーディオ」と呼んでいるテクノロジーの原型へと発展する。「オーディオ」はさらに「アナログ」から「デジタル」へと変遷を遂げ、世界で最初の録音再生機器の登場から僅か100年あまりでその技術は驚くほどの進歩を遂げた。そして現在「オーディオ・テクノロジー」の進歩は「音楽を聴く」という意味を「ライブ(生演奏)を聴く」から「録音された音楽を聴く」に変えてしまうほど、私たちの生活に深く浸透している。
しかし、その華麗な発展の歴史とは裏腹に、オーディオの売り上げはここ10年で半分以下に落ち込んでいる。この売り上げ集計の中には「ミニコンポ」や「ラジカセ」なども含まれているから、純粋に「我々マニアがオーディオと呼んでいる機器」の売り上げの減少はそれを遙かに上回るだろう。オーディオが衰退しつつある原因は、決してひとつではないだろうが「テクノロジーが一人歩きした」ことが最大の原因であると私は思う。例えば 続きを読む →

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AudioAccessory(オーディオアクセサリー) 116号「「音」ではなく「音楽」を聴かせてくれる、それが「LITTLE Cosmos」」

もし、あなたがオーディオから「楽器と同じ音」・「録音されたそのままの音」を出そうとしていらっしゃるなら、余り深入りしない方がいいと思う。「シンバル」、「バイオリン」、「ピアノ」ETC...あらゆる楽器の発音部の材質は、スピーカーユニットの振動板とはまるで違って遙かに強固で剛性が高く、それらが振動して発生する音も当然違う。つまり、あなたが考えるよりも「オーディオの音」は「生の音」に近くないのだ。
「まったく違っている」と考える方が自然だとすら思うほどの大きな差がある。そして、どれほど技術が進んだとしても「その差」が埋まるとは思えない。もちろんそれ以外にも理由はあるが「結局、音の追求に満足はない」というのが「音質を突き詰めて得た私なり結論」なのだ。
では、「音が似ていない」から「オーディオでは音楽を楽しめないのか?」と言うとそれは全然違う。逆に「生音とは明確に違う音」を出しながら「生よりも生々しく音楽を楽しませる」ことができるのがオーディオという技術(芸術)の素晴らしさなのだと私は思う。
それは、例えるなら「風景画を描く」のと同じだ。似顔絵や風景画は 続きを読む →

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