StereoSound(ステレオサウンド) 151号「本当に音楽好きなお客様の力になりたい」

最近のオーディオ機器は「あきれるほど高額な製品」が多い。しかも「価格を納得させてくれる製品」が少ないと感じるのは私だけなのだろうか?
10年以上前、まだ「オーディオフェア」が池袋のサンシャインで行われていた頃「輸入オーディオ」や「LUXMAN」など国産ハイエンドオーディオ・メーカーのブースに出向くときには「期待にわくわく」したことをハッキリ覚えている。「入場料なんて安い」と思ったものだ。それが・・・昨今の「オーディオフェア」では、まったく見るべき物がない。お客様に「是非お薦めしたい」と感じる製品が見あたらないのはどうしたことか?自分自身の「熱が冷めた」のか?それとも「要求するレベルが高くなったから」なのだろうか?どちらにしても当初感じていた「わくわく感」は、今はない。
フェアに期待できなくなって「逸品館の音」も「退化」し悪くなってしまったのだろうか?それは違う。まったく逆である。オーディオを「メーカー」よりも突き詰めて真剣に考え、独自に研究を重ねて来た結果「フェアから学べるもの」・「フェアに期待するもの」が相対的に少なくなってしまったのだ。フェアに期待できない。フェアで購入すべき商品が見つからないからといって 続きを読む →

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A&V village(エーアンドヴィ ビレッジ) 68号「すべての山に登れ!」

サウンド・オブ・ミュージックの挿入歌「すべての山に登れ」をご存じだろうか?人生を託せる「夢」が見つかるまで、諦めずに「あらゆることにチャレンジしなさい」という内容の歌だ。戦後~1960年代に作られた映画には「時代を超える名作」が非常に多い。
CG(コンピューター・グラフィクス)など無かった時代、「野外ロケ」が多用される作品では、「一つ一つのシーンの撮影」に「自然が味方してくれる」まで、どれだけの時間を掛けたことだろう。
撮り直しのきかないカットで「極限の緊張状態」を強いられ、そのプレッシャーをはねのけて「のびのびとした演技」を求められた「俳優」の力強さ。挿入される音楽も「後編集」が許されず、全てのテイクが「生演奏一発録音」で収録されている。演奏家も、同じ極度のプレッシャーにさらされたことだろう。そういう「緊張感」の中でも「力をフルに発揮できる」圧倒的な天賦の才がある人達だけが選ばれ「芸術の高み」に登ることを許されたのだ。だからこそ、当時の映画は「完成度」が非常に高く「永遠にその輝きを失わない」。
今これらの名作を観直してみると、 続きを読む →

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AudioAccessory(オーディオアクセサリー) 113号「熱い想いを伝えたい」

私は、接する人が「喜ぶ顔」を見られることが嬉しくてこの仕事を選びました。「オーディオ」は、「すこしでも良い音で音楽を聴こう」という目標に向けて「お客様の思い」と「自分の思い」をダイレクトに「結び合わせられる」数少ない職業の一つだからです。
私たちの仕事は、「オーディオ」を介して「演奏者」と「お客様」の「心を繋ぐ」こと。どんなに高いお金を払っても、「心が繋がらなければ」その機器には一銭の価値さえないと思うほどです。逆に、どんなに安くても「奏者の心がひしひしと伝わる装置」は、万金に値するでしょう。
人間は決して「お金で買える贅沢」で満足するのではありません。「経済」が与えてくれるのは、「生活の豊かさ」であって「心の豊かさ」ではありません。「心の豊かさ」は、お金では「売り買い」できないものです。だからこそ、私は「オーディオ」の販売を通じて「本当の豊かさ」をお客様に届けたいと強く願うのです。
かつて自分がそうであったように、「一つの音楽」・「一つのフレーズ」が「心の琴線」に触れ、 続きを読む →

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A&V village(エーアンドヴィ ビレッジ) 67号「閉ざされた時間・開かれた時間」

「人はパンのみにて生きるものにあらず」キリスト教の信者でなくとも一度くらいはこの言葉を耳にしたことはあるはずだ。それは、「生きるためには無駄も必要である」という意味なのだろうが、「趣味」という「無駄」は時として人生をとても豊かにしてくれる。
「趣味の世界」では、生きるために必要な「必然性というプレッシャー」から解き放たれているので、人は「夢見るかのごとく柔軟に物事を考え」イメージの世界で遊ぶことが許される。例えば「オーディオ」と言う「趣味の世界」で間違いやミスを犯しても、給料は下がらないし、強く叱責されることもない。実害があるとすれば、お小遣いがちょっと減って懐が寂しくなる位のものである。逆に言うと「それくらいの実害で収まる程度」こそ「趣味」と呼べるのであって、人生の大半の時間や稼ぎをそれに突っ込むのは、もはや完全に行き過ぎであるし、周囲を気にしたり、あるいはないがしろにしながらでなければ、趣味を楽しめないという状態も、はっきり言って「異常事態」だと私には思える。
人間は「イメージの世界に生きる動物」である。実世界に生きているようで、実はそうではない。世の中の大半の事柄なんて「考え方次第」で180度変化する。「難しい局面」に遭遇したとき、 続きを読む →

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AudioAccessory(オーディオアクセサリー) 112号「ピュア・オーディオとは?」

ピュア・オーディオが斜陽になっている。オーディオマニアのイメージがジメジメして、しかも理屈っぽい「根暗系オタク」の代表になりつつある。ピュア・オーディオをより深く音楽を聴く手段とする「正統派オーディオファン」のお客様の心情を察すれば、この状況は断腸の思いに絶えない。
オーディオを堕落させた一番の原因は「軽薄なオーディオの論評」であり「メーカーの販売戦略と深く結びついた業界の薄っぺらな見識にあるのは間違いなく、インターネットに巣食う「えせ評論家気取りのマニア」がそのばかげた風潮を増長させ「音楽ファン」を更に遠ざけているのは想像に難くない。
機器を買い換えたり、オーディオアクセサリーを利用すれば、確かに「音は変わる」。しかし、オーディオの目的は「音を買える」ことではなく、「音楽をより良く(深く)再現する」ことだ。だからこそ「論理」ではなく「感覚」で音を聴かねばならない。音楽を楽しめるか否か?音楽が感動的に聴こえるか否か?それが第一の判断基準であり、高域がどうとか、低域がどうとか、あるいはテクノロジーがどうとか・・・ 続きを読む →

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